バスタードの真実
口唇を口唇で塞がれながら、辰巳は小さな体躯すべてを使って抵抗した。両の手首は五本ある方の掌で掴まれている。きつく引き結んでいた口唇を緩めた。それを見逃す相手ではない。すぐさま舌が侵入してきた。四本しか指のない掌が下半身をまさぐりつづけている。
怖い・・・。昔の情景が眼前をちらつく。もう何十年も前のことなのに、これだけはっきりと覚えていることに驚きを禁じえない。
これは演じている過程で起こっていることではない。だからこそいいようのない恐怖が精神を揺さぶる。
大人の熱く荒い息、執拗な掌の動き・・・。なにゆえ陵辱するのか?毎夜行われるそれは、いつ果てるのかわからぬほどの感覚を植えつけてくれた。
なにが鍛錬だ。これのどこが鍛錬なものか・・・。泪が頬を伝う。そう、叔父のいうとおりだ。復讐する為に、理不尽な大人どもを殺してやる為に、わたしは兇刃を振るってきた。きっとそうなのだろう。もうなにが真実かわからない。演じすぎて、もはや自分がなにかすらわからない。
もうなにも、なにも考えたくもない・・・。なにゆえ、なにゆえそっとしておいてくれぬのか?なにゆえ死んだままにしてくれなかったのか・・・。
口中を叔父の舌が蹂躙しつづける。叔父がみているものはわたし自身ではない。わたし自身ではないのに・・・。
恐怖のあまり、辰巳は容赦なく口中を犯す舌を噛んだ。刹那、手首、ついで体躯が開放された。間髪いれず小さな両の掌を伸ばすと叔父の頸を掴んだ。屈伸の要領で床から跳ね起きるとその反動を利用して今度は反対に床に叔父を背から叩きつけた。
そのまま頸を締め上げてゆく。ゆっくりと、時間をかけて・・・。
「わたしになにをみている?あなたがみているのはわたしではない。それならばくそったれの師やくそったれの父のほうがまだましだ」
泪を流しながら辰巳はののしった。
「わたしは・・・、わたしはいったいだれの子なのです?俊章でもなく帝でもなく、母はいったいだれと交わり、わたしを作り上げたのです?この悪しき妖を、世に産み落としたのです?」
叔父に馬乗りになり、感情的に喚き散らしたことで頸ににかかる掌にさらに圧がかかる。
泪で濡れる瞳で叔父の瞳を覗き込んだ。そしてそこにみた。
あまりの衝撃に声もなく、力が失われた。頸から掌を離し、その掌を叔父の両頬にあてた。
下から自身をみ上げる瞳に哀れみがこもっている。
み下ろす叔父の相貌に、一滴、二滴と泪が落ちてゆく。
「わたしは、わたしはあなたの子なのか、叔父上?」
その後に訪れた静寂は、そこにいる二人にとってどんなことよりも怖ろしいものであった。




