Go to hell !
血溜りでもかまわず膝を折ると、小さな背に覆いかぶさった。そのまま掌を伸ばすと、小さく分厚い掌に握られた壜の欠片を掴んでそのまま握り締めた。指も掌も切れ、そこから血が滲み流れるのが感じられた。そして、もう一方の掌は切り裂かれた手首を掴んだ。傷をみると、血が凝固しつつある。小さな体躯によくこれだけの血があるものだとつくづく思った。
胸のなかにある相貌は真っ白だ。大量の血を失ったことによるものである。失血死していてもおかしくない量だ。おそらく大神の力が死の一歩手前で再起をはかったのだろう。
だが、不死ではない。自身もそうだ。心の臓をうちなるものが動かしている。仮死状態・・・。不老ではあっても不死ではないのだ。頸を跳ね飛ばされれば、あるいは刎ね飛ばせば確実に死ねる。だからこそ辰巳はそうした。心の臓を貫く程度では死ねぬ。ましてや手首を切る程度では到底死ねるわけもない。
「死にたいのか?」
胸元にある耳朶に囁いた。だが、囁かれた側はぐったりしたまま動かぬ。
「死にたいのならわたしがいますぐ死なせてやる。できるだけ苦痛のないよう死なせてやる」
耳朶に囁きつづける。知れず吐息は熱く、うちなるものによって動かされている心の臓が打つ脈は速くなっていた。
「おまえを殺し、その後わたしも頸を刎ねよう。おまえが蝦夷でやったように・・・。うちなるものも、依代が同時に果てれば文句もあるまい」
囁きながら、掌のなかにある壜の欠片を小さな掌よりとり上げた。
「苦しむ必要はない。もう苦しむ必要などないのだ。おまえはよくやった。主に恩は十二分に返せた。もはや、だれもなにも申さぬ。ともに地獄へ参ろう。地獄こそがわれらの居場所。そうであろう、辰巳?」
囁きつづけながら壜の欠片を握らぬほうの掌は小さな体躯をまさぐり、ほかに傷がないかを確かめた。いまだぐったりしたままの小さな体躯は、ただされるがままだ。なにゆえか下腹部が疼いた。女子を抱くときとはまた違う疼き・・・。掌はわずかに震えを帯び、背を冷や汗が流れ落ちる。自身の精神が、うちなるものとはまた違うものによって侵食されつつあるかのようだ。同時にこめかみに鋭く傷んだ。思わず、掌を止め、血にまみれた掌でこめかみをおさえた。瞼の裏を、なにかがちらつく。深呼吸したが、金臭い臭いが鼻梁にまとわりついただけであった。
こめこみを揉むのをやめ、また小さな体躯に掌を添えてからつづけた。
「なにゆえ漢を殺らなんだ?実の娘を家に閉じ込め、陵辱しつづけた糞ったれ野郎だぞ?どうした?なにゆえ黙しておる?このままわたしにやられたいか?おまえをわが子と勘違いしておったくそったれ親父や、なにもわからぬ幼い弟子を毎夜のように弄ぶくそったれの師がやったように・・・」
胸のなかで小さな体躯が硬直したのが感じられた。
心中、いまいった者以上に糞ったれだと、自身をせせら笑った。実際、その秀麗な相貌に冷笑を浮かべた。
地獄に落ちろ。いまの自身は、幾度地獄へ落とされようとも、けっして許されざることをしている。それが精神と脳裏の片隅をよぎった。が、下腹部の疼きがすぐにそれを消し去ってしまった。