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朱雀と斎藤

 島田は心底感心していた。さすがは「土方二刀」の一刀だと思った。

 完全に気配を消し、信江と厳周の後をつける斎藤。斎藤もまた、なんらかの異変が起こっていることを感じていたのだ。ゆえにさきほど、みなが厳周に近寄っていた際にわざと近寄らずに距離を置いたのだ。そして、副長から視線だけで命を受け、すぐに実行に移した。

 機転タクト感覚フィーリングがなければなしえぬだろう。

 副長とその二刀・・・。島田はあらためて三人の絆の強さと太さを感じずにはいられない。

 いっぽうで、そのもう一振りのことが気にかかる。そして、その実の叔父ことも。島田自身、ほかの者たち同様にいいようの得ぬ不安を感じていた。これは、いつもの性悪の甥と口煩い叔父とのやり取りではない。もっと違うなにか、深刻すぎるなにかだ。

 兎に角、姐御か厳周、せめてどちらかにでも様子をみにいってもらわねば、島田自身が落ち着かない。その為には、眼前を野生の猫のごとく潜み、移動している斎藤をどうにかせねばならぬだろう。

 

 この農場の持ち主のマットの母屋を、信江と厳周が通りすぎようとしている。島田は焦った。大声で呼びかけるしかない。いままさに口唇を開けようとしたとき、音もなく空からなにかが降ってきた。そして、それは島田の肩上にすとんと止まった。

 朱雀だ。夜の苦手な新撰組の翼ある隊士もまた、大好きな親友の異変を察知して畜舎の梁から飛翔してきたのだ。しかも嘴に鼠を銜えて。通常の大きさサイズよりもでかいそれは、まだ生きていた。なんと、朱雀は生餌を運んできたのだ。

「驚いたな、朱雀?おまえは悧巧クレバーだ」島田は立ち止まると太い腕を伸ばし、肩上の大鷹の小さな頭を太い指で掻いてやった。半死半生の鼠がちーちーと哀れな鳴き声を上げた。

「で、おれにこれを掴めと?うー、嫌だなヤク」大男は逡巡した。朱雀の意図はよんでいる。が、それを実行することにはかなり抵抗がある。

 鼠、ということが一つ。そしてその小さな生命いのちを弄ぶということが一つ。

 背に腹はかえられない。そうだ、そうだよな、柳生一族?

「承知した、朱雀。おまえの小さな親友ともの為にうまくやってくれよ」

 島田は自身の右肩にもう一方の掌を上げながらいうと、大鷹は返事代わりに銜えていた大鼠をその掌の上にぽとりと落とした。

おおっとウップス・・・」島田は逃げられぬよう、だが握りつぶさぬ様、掌にある生命いのちを握った。

「よしっ、ゆけっ朱雀」

 島田が野球ベースボールで遠投する要領で、鼠をもつ腕を振り上げるタイミングで、朱雀がその肩上から飛び立った。そのまま島田は大きく振りかぶり、大鼠を投げた。同時に、朱雀が低空飛行でそれを追う。

 すごい勢いで飛んでゆく鼠、そして、それを追う朱雀。

 夜目を凝らし、耳朶を澄ましていると、ややあって「ぎゃあっ!なんだこれは?」と無様ともいえるおとこの悲鳴が響き渡った。

「ぎえええっ!朱雀、やめぬかっ!」そして、第二弾の叫び声。

 大鼠は、見事斎藤の頭にぶちあたった。それをめがけ、朱雀の鋭い鉤爪が襲ったのだ。

「朱雀っ、朱雀っ、ひいいいっ!」

 混乱パニックのきわみにある斎藤を、そうはお目にかかれぬだろう。もはや、信江と厳周を追うどころではない。

 斎藤は、背にはりついたなにかと容赦なく上空から襲ってくる鉤爪とにすっかり翻弄されていた。

 島田は、小さな生命いのち人間ひとによって無駄に失われたことに、そして、無駄な不幸に襲われた斎藤に、それぞれ心中で詫びた。

「どうした、斎藤?」

 そして、さも騒ぎをききつけたかのように斎藤に駆け寄ったのだった。


「さすがは魁兄さんです。叔母上、いまのうちです」

 その様子を先を走りながら振り返り認めた厳周は、自身の育ての母の掌を取り、走る速度をわずかに上げたのだった。 


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