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ざわつき

 父親がいなくなっていることが気がかりだった。父親だけではない、白き巨狼もいない。そして小さな従弟も。もっとも、従弟は最初からいなかったが・・・。

 どうも血が騒ぐ。精神こころもざわめいている。が、それ以上に血が、血が滾っているというかなんというか・・・。いいようの得ぬものに心身を支配され、厳周は心中穏やかでなかった。焦燥が苛立ちへ、不安が恐怖へ、それぞれかわってゆくのがひしひしと感じられる。もはや食事も酒も充分だ。もとより常日頃から質素倹約と節制を心がけている為こういう場は苦手だし、心から愉しんでいるわけでもない。

「そういや、師匠の姿がみえないな」なにげなくいったのは永倉だ。「壬生狼もいないぞ」と原田。

「坊の様子でもみにいったんじゃないのかな?喧嘩ばかりしているけど、神様方は結構仲良しだよね」

 沖田がいったが、自身でいいながらもどこかそれを信じていない風だった。

「おい厳周、大丈夫か?顔色が悪いぞ」

 片方の掌に葡萄酒ワインを瓶ごと掴み、永倉が厳周の相貌を覗き込んでいた。

 いつもはなにかと好敵手ライバル視したがる永倉も本来は厳周とは「三馬鹿」のほかの二人とは違う意味で信頼しているのだ。様子がおかしいことに、ほかのだれよりも早く気がついたようだ。

「・・・。え、ええ。どうやら慣れぬものを食して胸やけがするようです。すこし休めば・・・」

 厳周は一瞬の間逡巡した。自身の不安をきいてもらおうかと思った。だが、せっかくの食事会パーティーを台無しにしたり、無駄に案じさせるのも気の毒だ。そして、ちょうどそのタイミングで厳周自身の叔母が近寄ってきた。

「厳周、どうしたのです?顔色が悪いわ」

 叔母が厳周の相貌を覗き込んできた。視線が合った瞬間、意識下で双方の間に同じものを感じていることを共有した。

「まったく、めずらしいものだからと申して喰い意地をはるものではありませぬ。こちらへいらっしゃい」

 叔母は甥に掌を伸ばすと右の二の腕を掴んだ。それからぐいと引っ張った。

 腕を掴まれたとき、厳周は叔母が動揺していることに気がついた。掌が震えていたのだ。

(叔母上・・・)こんな叔母はめずらしい。それがさらに厳周を不安にさせた。

「どうした?」

 土方もやってきた。遠くからみていたのだ。そして、いまや柳生家の影の守護者ガーディアンたる島田も同様に近寄ってきた。

「厳周が食中りを起こしたようです。すこし休ませます」妻の言に、夫は心配げな表情かおで山崎を呼び寄せようとした。

「叔父上、大丈夫です。しばらく冷たい風に当たって参ります」

 それを厳周自身が止めた。これ以上話を大きくもややこしくもしたくない。

 

 去り際、柳生の叔母甥はさりげなく島田に視線を向けた。すると島田もまた視線だけで了解を伝えた。


「なにかあったんじゃねぇのか、副長?」

 永倉はごつい相貌を土方に近づけ、掌の葡萄酒ワインを振り振りそれを勧めるかのような態で囁いた。最初はなから信江と厳周の言を信じていないのだ。すくなくとも体調の悪さ、ということについては嘘だと確信している。

「ああ・・・」土方もまた同様だ。どうもいやな感じがする。どう表現をしていいのかはわからぬが。永倉に頷きながら視線だけはいまだ遠くで様子を伺っている斎藤に向いていた。阿吽の呼吸、とはこのことだ。視線が合うと斎藤はそっとその場を離れていった。

 無論、それを柳生家の影の守護者ガーディアンが見逃す筈がない。

 島田もまたさりげなくその場を離れたのだった。


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