表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

236/526

流血

 気配は断った。相手もそれを断っている。

 だが、独特の感覚フィーリングまで完全に断ち切ることは不可能だ。なぜなら、それは剣士やらうちなるものや護り神もりびとやらとは異種のもの、体内に流れる血が同じだからこそ、感じられる感覚ものだからだ。

 納戸らしき小さなドアがあった。台所キッチンの横にあるそれは、通常は食料品の貯蔵に使用されるのだろう。

 灯火のない暗い台所キッチンを伺うと、食べ物が腐った臭いがまともに鼻梁を覆った。むせ返りそうになるのをかろうじて耐えた。流しの上に窓があり、そこから月光が射し込んでいた。台所の奥に開いたままのドアがあった。遠くに柵と木々がみえる。どうやら裏口のようだ。

 小さなドアの前に立った。なにやらわからぬ物体で溢れ返ったごみ箱ダスト・カンがあったので、掌中の壜をそこに置いた。が、それは平衡バランスを崩し、すぐに廊下の木の床の上に小さな音を立てて落下した。

 小さなドアのすぐ横の大人の目線の位置に釘がささっていて、そこに先ほどのおとこのものらしいシャツがかかっていた。暗い廊下にあっても夜目はきく。それがさまざまな汚れと臭いをつけたものであることがはっきりとみてとれた。自身の傷だらけの体躯をみ下ろした。夜間に肌寒いなか、不法侵入し、暗い廊下に上半身真っ裸で佇む図は、自身でずいぶんと間抜けに感じられた。選択肢はない。あまりの異臭に、筋のとおった鼻梁を歪めつつ、そのシャツを釘から引っ掴んで上半身を覆った。

 そこであらためて小さなドアをみつめた。もう時間ときを稼ぐのも限界だ。意を決し、ついに掌を伸ばして把手を掴んだ。そして、できるだけゆっくりそれを開けた。


 その小部屋にも小さな明かり取りがあった。そこから月光が筋となって射し込んでいる。金臭さが鼻梁をついた。強烈な金臭さに、さきほどの異臭とは違って嘔吐そうになった。

 それはなにも臭いに対してではない。それをもたらせる要因に対して、吐きそうになったのだ。

 そのとき、一筋の光のなかにそれを認めた。そして、そこから流れでたのであろう大量の血も。血は木製の床大半を蹂躙していた。それのみならず小部屋の入り口に突っ立っている自身の乗馬靴ライディングブーツの先をも舐めようとしていた。

 なんともいえぬ気持ちだ。どう思えばいいのか、どう受け止めればいいのか、なにもかもがわからないでいた。それは床の上で両の掌をつき前屈みでぐったりしていた。床についた掌は血溜まりに浸かっている。

 厳蕃が感じているのと同じように、それも厳蕃がここ・・にき、いままさにここ・・に佇みみ下ろしていることはわかっているはずだ。

 いつものように「馬鹿な子だ。性悪の甥だ」というには精神こころが乱れすぎていた。動揺どころかこれまで意識下に押し込め封印していたものをそこに抑えこんでおくことができそうになかった。

 気がつけば血溜りのなか、それの背後で膝を折っていた。

 もはや自身の箍が外れるに任せるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ