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丸太小屋(ログハウス)

 こじんまりとした丸太小屋ログハウスであった。

 白き巨狼の脚がその前で止まった。だが、厳蕃はその背から降りようとしない。

『どうした?わたしの背がそんなに気に入ったのか?』

 白き巨狼の思念はけっしてきついものではなかった。むしろやさしく胸に響いた。

人間ひと心情こころの機微はわかるか?」

 その厳蕃の尋ね方も嫌味であったり、ましてや蔑んでいるものでもない。その声音にはぞっとするほど不安の色が濃いのを、白き巨狼は感じ取っていた。

『わからぬな。たとえ人間ひとを依代にしていようと、他者ひと心情こころを完璧に掴み、それに添ったり応えられるものではない』

「頼みがある。ここからは一人でゆきたいのだ・・・」

 その声音は震えを帯びていた。

『おまえは大丈夫なのか、厳蕃?』

「正直に申すと大丈夫ではない。不安で逃げだしたい気持ちでいっぱいだ」

 厳蕃は上半身を屈めると、ふたたび白いふさふさの毛のなかに相貌を埋めた。

 蒼き龍は白き虎の背で同じように甘えていたのだろうか・・・。そんな想いに呼応し、ほんの一瞬、脳裏にその情景がよぎった。それは白き虎が自身の頸を精一杯まわし、背にいる小さく可愛らしい蒼色の龍をみているものだ。


「わたしも辰巳あのこと同じで不老、だ。この先、息子は老い、わたしよりはやく死んでしまう。妹と義弟も同様だ。そして、辰巳あのこはどうなる?辰巳あのこはまた十歳とおになったら、みずからを滅ぼすのか?わたしを置いて逝ってしまうのか?」

 白き巨狼の背に相貌を埋めたまま、厳蕃は苦しげに呟いた。

 そこに到ってはじめて、白き巨狼は叔父が甥に、否、厳蕃の辰巳にたいする複雑な想いに気がついた。

『わたしは疲れた。それでなくとも人間ひとのお守りで心身ともに疲れきっておるというに、いまも全速力で駆けさせられた。これ以上動けそうにない・・・。ときがないのではなかったのか、厳蕃?こうしている間にも普通の人間ひとの恐怖が、この家のうちより流れでてきておる。手遅れにならぬうちに、どうにかして参れ』

 それもまたかぎりなくやさしく、情のこもったものであった。

 厳蕃は両の腕を伸ばして白き巨狼の頸にまわし、頭部に抱きついた。

「すまぬ・・・」

 そして意を奮ったかのように勢いよく地に降り立った。振り向くことなく小屋のドアへと歩を進める厳蕃。

『あの子は・・・、辰巳は生まれたての仔狼も同じことだ。それを忘れるでないぞ、厳蕃』

 思念が背にぶつかると、厳蕃はまっすぐドアをみつめたまま頷いた。

 振り返れば助けを乞いたくなるだろう、逃げだしたくなるだろう。ゆえにドアからけっして視線を逸らさなかった。

 

 ドア把手ノブに掌を添えたとき、知れず深く息を吸い込んでいた。そこに異臭がこもっていようと構わなかった。

 そしてそれを開け、うちに入っていった。



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