大道芸(パフォーマンス)ふたたび
「だれが一番下になる?」伊庭がきいた。
「ああ?体躯の大きさからいや総司か?うん、そうだ、総司だ」藤堂が全員をみまわしてから答えた。
長老たちはまだ戻ってこない。そして、馬たちの世話は終わった。さらには腹が減って死にそうだった。ゆえに、空腹を忘れるなにかをしようということになった。農場内の探検をするのにはもう時刻も遅い。だから、そのかわりに大道芸をしようということになった。
ちょうど農場の作業を終え、マットの家族らしい人や雇い人らしい人たちがそれぞれの畜舎からぞろぞろとでてきはじめていた。
「なにゆえおれかな?八郎じゃないの?」沖田が異を唱えた。「いいや、総司、おまえだ」
「どっちでもいいよ、総司兄、八郎兄、どうせ一番下か下から二番目か、ってところでしょう?」
「うるさいっ、鉄っ」沖田と伊庭が叫んだ。
ちょうどそのとき、母屋から長老たちがやってきた。ようやく話が終わったらしい。
事情をきいた長老たちのなかから、永倉と島田がすすみでた。
「総司と八郎に任しちゃいらんねぇな。ここはおれたち二番組の組長と伍長に任せろ」
永倉はにやりと笑った。それからすでに両脚を踏ん張って準備を整えている島田に近寄るとその肩上に飛び乗った。
「さあこいっ!」島田の気合いが、暗くなりかけている農場に響き渡った。
母屋からマットとその家族もやってきた。そして、農場で働く人々も。かれらは、とつじょはじまった余興を興味ぶかげに見物している。
「幾人いけるかな?土台はこれとないほどしっかりしている。わたしも下にまわろう」
そういうと厳蕃は軽く跳躍して永倉の肩の上に乗った。
「父上っ!父上を足蹴にすることをお許し頂けるのなら、つぎはわたしが参りたいと」
精神は長老格の厳周だ。
「案ずるな、息子よ。なにも親を踏みつけにしたからとて不孝者、とは申さぬゆえ」
なれば遠慮なく、とばかりに厳周は助走してから跳躍した。そして、父親の肩の上に立った。
「よし、ではおつぎはわたしが。総司、掌を貸してくれ」
伊庭も助走し、掌を組み合わせた沖田のその掌を跳躍台がわりにして大きく跳躍した。そして、厳周の肩上に見事着地。見物人たちから大きな拍手が起こった。
「じゃ、つぎはおれだ。総司兄、おれにも掌を貸して下さい」
「よし、こいっ鉄っ!」
市村もまた伊庭と同じように助走から沖田の掌を跳躍台にして舞った。そして伊庭の肩上に。またしても大拍手。この時点で六間(約10m)を超えている。
「まだいけますか、魁兄さん、新八兄?」
「無論」「おうともよ、銀」「ではおれも。総司兄、お願いします」「こい、銀っ」
そして田村は途中、伊庭が伸ばした腕にすがった。伊庭はその勢いを利用し、田村を上空へと押しだす。息の合ったところをみせつけ、田村は市村の肩上へ上った。
「うわっ!高ーい」はるか宙空で田村のわくわくしたような声音が落ちてくる。
「そろそろ真打だな。よし坊っ、いけるか?」「はいっ、父上」父親の期待に応えるべく、小さな息子はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「良三、壬生狼、補助してやってくれ」「承知、総司兄、お願いします」『任せろ、わが主』
玉置は沖田の掌を借りて跳躍し、幼子と白き巨狼は助走からそれぞれの脚のばねで跳躍した。「いけー、坊っ」玉置の叫びのもと、宙空で幼子は玉置の肩を土台にさらに上昇した。ついで白き巨狼の背を土台にさらに上空へ。玉置はそのまま落下して斎藤がうまくその体躯を捕獲した。そして、白き巨狼は華麗に地に舞い降りた。
小さな体躯が宙を舞った。まさしく空を舞った。それはゆっくり、ゆっくりと。小さな体躯が一回転し、田村の肩上へ脚から舞い降りた。白い頭の鷲さんのような華麗な舞い降り方だった。
さらには、新選組の翼ある隊士朱雀が上空から幼子の頭の上に舞い降りるというおまけがついた。
農場の人たちがこの余興に大興奮したことはいうまでもない。
ずいぶんと長い間拍手がつづいた。
これはいける。幾人上れるか賭けれるではないか?『永遠の賭博師』原田は拍手喝采を目の当たりにしつつひそかにほくそ笑んだ。
真に懲りない賭博師だ。




