長老格
「こむつかしいことは、長老たちに任しときゃいいんだ」
藤堂は、そう嘯く。
お茶をいただくのは、その長老たちにおしつけた、という。
自身らの馬の世話がある。全員がのんびり茶をよばれるわけにはいかぬ。というわけで、土方夫婦、柳生親子、スタンリーにフランク、永倉に原田、山崎に島田、そして白き巨狼が母屋に向かい、残りは馬の世話をすることになった。藤堂はそれをやっかんでいるのだ。
「掌が止まってるぞ、平助っ!馬たちは一日おれたちを乗せて疲れている。はやく休ませてやるんだ」
生真面目な斎藤の叱咤に、藤堂は舌をだした。
「わかってるって、一君。で、これが終わったらなにする?」
「探検っ!農場を探検したい」玉置がいいだした。「おれもっ!どの位広いかまわってみよう」つぎは田村だ。「強いやつがいないか探してみよう」市村が口唇を開くよりもはやく、それをよんだ幼子が甲高い声音で叫んだ。幼子は、馬房をちょこまかと動いて飼い葉を運んでいる。
「おいおい、ここは農場だろう?力自慢はいるかもしれぬが強いやつ、というのはどうかな?」
伊庭が頸を傾げた。掌は止まることなく、鋤でせっせと飼い葉をすくっては飼い葉桶に放り込んでゆく。
義手を装着しているとは思えぬほどその動きは滑らかだ。
「でも、まわってみるのはいいかもしれませんね。これぞ経営している農場って感じだ」
「なにそれ主計?将来、農場でも経営するっていうの?」相馬の言に沖田が反応した。
「違いますよ、総司兄。ここが亜米利加の一般的な農場なのだったら、みておいて損はないでしょう?日の本でも他藩の情勢を知るには、農作物のでき具合や市場の繁盛具合を探るのがもっとも有効的ですから」
「主計、亜米利加の経済を知り、武力を知り、乗っ取ろうと?」伊庭がからかった。
「それもありかも・・・。いっそ白人から取り上げ、インディアンに返せば?あるいは黒人たちが住みやすくすれば?」
藤堂のなにげない一言に、日の本の漢たちの動きが止まった。スー族の二人とジムは、さすがにすべての言葉を解しているわけではない。わかるわけもなく、せっせと作業をつづけている。
「冗談でもそれはやばいよ、平助?」さしもの毒舌家も苦笑した。沖田は、掌に持った飼い葉桶を地面に置くと藤堂に近寄りその頭を軽く叩いた。
「おれたちはかようなことはせぬ。すくなくとも、護る為以外の理由でおれたちから攻撃を起こすようなことはせぬ」
斎藤は呟くようにいった。それからそっと幼子をみた。飼い葉桶をもったまましょんぼりしている。
「えっ、どういう意味?平助兄のいうとおりだと・・・」市村がいいかけたところを、藤堂がその頬を平手打ちした。藤堂は自身の失言に気がついたのだ。
「だまってろ、鉄。悪かったよ、なんの考えもなしにいっちまった。坊、そんなつもりじゃなかった。おれたちは、おれたちの意思において副長の決めることに従う。坊、ごめんよ」
藤堂は幼子に近寄るとその体躯を抱き上げ自身の肩の上に乗せた。自身も小さく軽いが、幼子が思った以上に軽いことに一瞬戸惑った。
「平助兄のいう通りかもしれない。なかにいるのは、なにも亜米利加のもともとの民を滅ぼすつもりだとはかぎらないから。もしかすると白人を滅ぼすつもりかもしれないし、両方ともかもしれない・・・」
幼子の沈んだ声音による推測は、だれの耳朶にも不吉に響いた。市村でさえ、そのことの重大さに息を呑んだ。
「いいのではないか?」不意に野村がいった。肩に鋤を担ぎ、乗馬用長靴の先端で地面を何度か蹴った。
「たとえどうなろうと、おれたちが信じるのは副長だ。その副長は自身の息子と義理の兄を信じている。おれたちはその信じるものについてゆくだけ。じつに単純な話だ。そうだろう、坊?」
めずらしく熱く述べる野村を、全員が意外そうに注目した。
「ほら、はやく済ませてしまおう。利三郎のいうとおりだ。わたしたちの信じるものがなにか?いまさらいうまでもない。いまあったこと、話したことは忘れよう。長老たちを無駄に案じさせたくない。坊、悪かったな」
伊庭が藤堂の肩上の幼子の頭を撫でると幼子はこくりと一つ頷いた。
「兄上も長老なの、八郎兄?」幼子のいう兄上とは厳周のことだ。
「ああ?長老ってのは年齢のことじゃない」伊庭のかわりに肩車をしている藤堂が応じた。
「ではなんなのです、平助兄?」田村がきくと、藤堂の今若のごとき相貌にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。
「精神的に老けてるかそうでないかって意味だ。だってそうだろう、えっ?おれたちみたいに心身ともに若くないだろう、ありゃ?」
言の葉は悪いが、藤堂には厳周の苦労がよくわかっている。それをそうとはわからぬよう茶化すあたりは藤堂らしいといえよう。そして、その藤堂の気遣いは肩車してもらっている幼子にも通じていた。
幼子がきゃっきゃっと笑いだした。
それにつられて全員が笑う。
『掌が止まってますよ、みなさん』
ワパシャの控えめな注意に、みな慌てて作業を再開したのだった。