神様への願い
突如行われた競馬で、走っている途中、岩場と小川をみつけたのでその日はそこで一夜を明かすことになった。
人間より馬たちに休息が必要であったからだ。
暗くなるまでに翼ある隊士である朱雀が周辺の物見を行い、向かう方向約二十里(約80km)、約50マイル先に人里があるのを発見した。
明日にはそこに到達するであろう。
暗くなるまでが大変だった。全員が馬たちの体躯を小川で拭き、脚や体躯そのものに異常がないかを調べた。スー族の戦士たちと幼子が中心となり、一頭一頭入念に確認を行った。
その様子を、すこし離れたところでお座りして眺めていた白き巨狼が不貞腐れたのはいうまでもない。
同じ四つ脚なのに、その扱いがずいぶん違うので不公平だというのだ。
『わたしも長距離を華麗に、そしてまた神速で走り抜いたのだぞ。なにゆえわたしの肉球を案じぬ?なにゆえ心の臓が不整脈になっていないか尋ねぬ?』
と、いそがしく動きまわる人間の後ろをついてまわっては訴えるのだった。
「なにが肉球だ?なにが不整脈だ?火にあぶられても熱さを感じぬ偏平足と、お化けが怖い蚤のごとき心の臓ではないか、子犬ちゃん?」
『なんだと子猫ちゃん、おぬしにだけはいわれとうないわっ』
人獣の喚き合いがはじまると、周囲の者たちが作業の掌を止め『親子喧嘩は後にして下さい』と突っ込むのだった。
『親子と申すなっ!』「親子と申すなっ!」人獣が同時に突っ込み返すのはいうまでもない。
そしてこの日もいつもと同様暮れてゆくのだった。
『左之さん、神様になにをお願いするつもりだったんです?』
夕食後、いつもの珈琲を啜っていると、沖田が英語で尋ねた。
よほど疲れたのか若い方の「三馬鹿」はうつらうつらしているし、欠伸をしたり欠伸をかみ殺している者もすくなくない。
原田はしばしの間の後、一つ嘆息した。
『いまとなってはどうにもならねぇ。だから、いってもしょうがねぇだろう?』
『なんだか気になるな・・・』と野村が呟くなか、よむことに関しては、仲間たちよりはるかに秀でている柳生の血をひく者たちと白き巨狼がはっとした。
「よいではないか?またべつの機会があるやもしれぬ。そのときにはわれらも受けて立つゆえ、左之、願いは大切にとっておくがよかろう」
日の本の言の葉に戻して厳蕃がいった。そのらしくない助言に、土方と永倉、そして斎藤がさっと互いの視線をみあわせた。
ニックの農場にいた時分より抱いている柳生一族に対するもやもや・・・。そこには無論、土方自身の妻子も含まれる。
『疲れている者が多いようです』土方らの様子に気が付いた島田は、おおげさに伸びをしながら英語でいった。
『そろそろ休みましょう』と、さりげなく話題と気を逸らすべく提案した。
『ああ、そうだな』
土方は応じた。が、もやもやはますます膨れ上がるばかりだった。そして、それは永倉と斎藤も同様であった。
原田の願いとは・・・。そして、それが叶えられる日はくるのだろうか・・・。