激走!
『槍遣い、もう諦めるがいい。おぬしの馬が悲鳴を上げているのがわからぬのか?』
白き巨狼が九重と原田に寄って思念を送った。
速度も持久力も狼より馬のほうが勝るのはいうまでもない。木々や岩など障害物があるところでは、こまわりのきく狼のほうが有利だ。が、なにもない平原を全速力で長距離駆けるのに狼は向いていない。そもそも、獲物を追う以外狼にはその必要性も生き甲斐もないからだ。
だが、白き巨狼は普通の狼ではない。狼神であり、そもそもそれも神獣の依代なのだ。
一般的な狼の理論が通じるわけもない。
「九重すまねぇ。だが、もうすこしだけ踏ん張ってくれ」
原田は鞍から腰を浮かし前傾になった、すこしでも九重の負担にならぬよう努めながら相棒を励ます。
「九重も金峰も四十もみな普通の馬だ。なのに、なにゆえ九重だけが苦しそうに走ってる?」
原田は五馬身ほど先を悠然と駆ける二頭を恨めしげにみた。
「まさか神様方は馬を宙にでも浮かしてるってんじゃねぇだろうな?」
『馬鹿もやすみやすみ申せ、槍遣い』白き巨狼は併走しながら笑った。まあ、人間がそう思うのも致し方ない、と思いながら。
『神の力をなんだと思うておる?馬ではなく騎手だ。あの二人は、馬の呼吸、心の臓の動き、血の巡り、そういった馬の体内と精神の動きに同調し、それに合わせて速度を調整しておる。馬はさほど心身ともに負担なく最高の状態で走れる、というわけだ。馬ではない。乗り手の技量だ。あぁ槍遣い、相手が悪いだけだ。けっしておぬしの技量が悪いわけではないぞ。もう一度申す。馬の為にもう諦めよ。おぬしもおぬしの馬もよくやった』
そう忠告を残すと白き巨狼は速度を上げた。みるまに前の二頭に迫ってゆく。
「九重、すまなかった。よくやってくれたよ、おめぇは・・・」
原田は手綱を緩め、姿勢も起こして相棒を褒め称えた。が、九重は原田の意に反して速度を緩めようとしない。
「もういい、もういいんだ九重」泡をふかんばかりの勢いだ。原田の悲痛な叫びに、後ろから追いついてきた永倉たちが驚いたほどだ。
イスカとワパシャが併走しながらスー族の言の葉で九重に話しかけだした。間もなくして、ようやく九重は速度を落としはじめた。
『驚きました。九重は恍惚状態になっていました』
イスカがそれを呪術師の力で元に戻してくれたのだ。
『すまねぇ、すまねぇ九重・・・』
原田は鞍上で九重の頸に長い腕をまわして抱きつき、幾度も詫びた。
九重は原田のことが大好きなのだ。だからこそ原田の為に力のかぎりどころか、それ以上にがんばった。
もうすこしで重大な事故に繋がるところであった。
原田は猛烈に反省した。そして、いつまででも九重に詫びつづけたのだった。
「金峰、おまえはよくがんばってくれた。が、もういい。わたしの騎手としての腕は甥のそれには及ばぬ。いまからは走りそのものを愉しもう。勝負は親子でつけさせればいい」
厳蕃の相棒たる金峰も厳蕃のことが大好きなゆえに、騎手が要望する以上にがんばりたがった。だが、脚や心の臓への影響を考えると、いかに同調してうまく調整しつつ走っているとはいえ、そのかかる負担はすくなくないだろう。
厳蕃もまた、そうそうに金峰の速度を緩めて戦いを放棄した。
四十はがんばった。気弱な若駒は、最高の相棒を得て最高の走りをみせてくれた。
第一回『永遠の賭博師』杯は、四十と幼子の勝利で幕を閉じたのであった。




