発句と乗馬と・・・
土方は自身で自身が凄いと思っていた。ああ、たしかにおれだけの力でも技術でもねぇ、走ってくれてる富士こそが、もっと凄いんだろう。
富士の吐く息と地を蹴る音が調和を奏で、律動感が小気味よい。
京ではほとんど騎乗することじたいなかったし、東での戦でも幾度か走らせただけだ。蝦夷にいた時分もたいして走らせたわけではない。しかもそのほとんどが風神と雷神という会津候から下賜され、あいつと仲のよかった馬だ。おれはいつも乗っているというよりかは乗せてくれている、あるいは乗ってさえいればいい、というような感覚だった。二頭の方がよほどおれの力量をわかっていて、それに合わせて走ったり歩いたりしてくれていた。
亜米利加にきて当初もそうだった。富士と出会った時分だ。ずいぶんと信江にしごかれた。尻の皮も幾度も剥けた。
だがどうだ、その甲斐あっておれはこんだけ走れるようになった。まさに風のごとし、だ。
ああ、わかってる。わかってるって。走ってるのは、おれをこんだけ乗馬達者にしてくれたのは、走ってくれてる富士だってことを・・・。
(「空仰ぎ 雲も風も 流れるかな」・・・。凄い、乗馬だけじゃねぇ、句まで達者になったんじゃねぇのか?)
「だめですわあなたっ!そのままでございます」
土方は、あらゆる面で気持ちが昂ぶっていた。が、そのすぐ後ろから愛する妻の鋭い刃が飛んできて夫の背に刺さった。
「残念だな、義弟よ。なんの捻りもない」そして、尊敬する義理の兄が、左側面を追い抜きざま、さらに鋭い刃で義弟の精神を、斬り裂いていった。
「父上、季語がありませぬ。季語が必要でございます」さらに右側を、溺愛する息子が容赦なく父親の心身を斬り裂きつつ追い抜いていった。
『主よ、案ずるな。わが子の言の葉の先生には黙っておこうぞ』さらに、頭上から刃が降ってきた。白き巨狼だ。富士の真後ろから華麗に跳躍し、富士と一馬身ほど置いた前方に見事着地した。
「・・・」言の葉もない土方。
「あなたっ、乗馬の技術は確実に上がっていますわっ!」
また後ろから妻の容赦ない一言が飛んできた。
「富士よ、ああ富士よ、おれにはもはやおめぇしかいねぇ・・・」
土方はさらに前傾した。それに合わせて富士が速度を上げる。走りながら富士は耳を動かしていた。
「ありがとよ、富士。おめぇは速くて聡いだけでなく、やさしい馬だぜ。馬にしとくにゃ勿体ねぇ。まことに勿体ねぇよ・・・」
馬の耳の動きでその気持ちがわかるということを、土方は息子とスー族の戦士たちから学んでいた。『気にするな、一緒に走りを愉しもう』
富士は、そういっているような気がした。傷心の土方はそう思うことにした。
「あぁ、そうだな。せっかくだ、走りを愉しもう。勝負は気にするな、こんなくだらねえ賭博で、おめぇが潰れちゃなにもならねぇ」
前傾のまま土方が相棒の頸筋を撫でてやると、相棒は「ぶるる」と口唇を震わせて了承した。
土方の富士、そして信江の七は、ほかに置いていかれた位置で走っていた。
そのすぐ前の集団は、スー族の二人、そして永倉と厳周だ。
「この勝負は引き分けだ、厳周?」永倉は馬首を並べて走りながら好敵手の厳周に告げた。
「同感です。わたしたちの体躯がどうかなるのは許せても、馬たちを傷つけたり辛いめに合わせるのはいただけませぬ。自己満足かもしれませぬが・・・」
「いいや、正論だ。おめぇはやさしいよ、厳周?」永倉は相棒の頸筋を叩いて速度を緩めるよう促した。
「ええっ?新八兄、なんだか気味悪いな・・・」「馬鹿いうな、おれはいつもこんなだ」永倉は苦笑してから反対側のスー族の二人に英語にかえていった。
『イスカ、ワパシャ、気楽にいこう!』
『もちろん。ですが、大精霊についていっている九重が心配です』
イスカがいうと三十一の鞍上でワパシャも気遣わしげな視線を、さらに前方の集団にいる九重に向けた。
『まったく、左之も馬鹿だが神様方はどうしちまったんだ?神様ってのは賭博好きなのか?』
『きっとそうなのでしょう?というよりかは、その依代が息抜きをしたがっているのかもしれませぬ』
厳周にはひしひしと感じられる。父の、そして従弟の、他者には理解も想像もできぬ重圧と抑制とが・・・。
『ああ、そうかもしれねぇな・・・』
永倉もまた同じ想いで前方の集団に視線を向けたのだった。




