真剣草競馬
『永遠の賭博師』は、自身でおれはさすがだ、と自画自讃した。
これまでのところは賭けた馬が勝っている。無論、そのなかには自身の相棒たる九重も含まれている。
そして最終戦を迎えた。
土方の富士、厳蕃の金峰、永倉の金剛、そして原田の九重はもとからいた馬たち。そこに加わった四十頭のなかより、厳周が三十五に、信江が七に、イスカが十九に、ワパシャが三十一に、そして幼子が四十に、それぞれ騎乗し勝ち残っていた。
もとからの馬たちは想定内だ。後からきた馬たちも馬じたいに問題はない。が、それに騎乗しているのが問題だ。
柳生とスー族の戦士たち、というところがだ。
一癖あるのと操れるのとしかいない・・・。
『平助、最後はおまえが胴元になって見物人を仕切れ』
『ええっ?左之さんは賭けないの?』
『ああ・・・』
原田は九重に飛び乗ると鐙を踏ん張った。すでにほかの馬も騎手も準備万端だ。
原田はまず幼子をみた。鞍は置いているが銜は装着していない。育ての親に乗り慣れている幼子に手綱など必要ないのだ。腰に鍛錬用の錘をぶら下げている。そして、幼子の騎乗する四十だ。じつにおどおどした馬で、その存在感のなさから名づける際にも気づかれず一番最後の四十になってしまった、といういきさつがあった。幼子いわく、軍に入ったばかりの若駒で、まだ訓練もろくにせぬまま騎馬隊として戦に参加し、大砲や鉄砲の音、人馬の悲鳴や怒号に驚き、そしてそれらが傷つき死んでゆくのを目の当たりにし、すっかり怖気づき意気消沈してしまっているということだ。それでも三十九頭の仲間たちと離れたくなくて、というよりかは一頭になりたくなくてついてきたという。
じつに泣ける話だ。
だが、それとこれとは話が違う。勝負事は非情だ。しかし、もしかするとこの勝負に勝つことで精神の助けになるかもしれない・・・。
いいえ違う・・・。子ども好きの上に動物好きの原田は葛藤した。やはり勝負に感情は不要だ。そう、勝たせてやるのが真にいいとはかぎらない・・・。
『神様方よっ!これは真剣勝負だ』
ついに原田は宣言した。全員が鐙を踏ん張り立っている原田に注目した。
神様方も神様方以外も一様に眉を顰めた。そして忍耐強くつづきを待った。
『最後はだれが、どの馬が一番になるか、だ。否、神様も加わってくれ』
原田が地上をみ下ろすその先には神様の一頭である白き巨狼の不敵な狼面があった。
『ほう・・・。この華麗で美しき四脚を持ちし地上の王に馬のごとく駆けよ、と申すか槍遣い?』
じつに高飛車なものいいの上にしっかりと厳蕃への嫌味もこめられた思念だ。
『まさか馬の脚に敵わぬとでも、神様よ?』原田はふふんとふんぞり返った。挑発しているのだ。狼が馬の脚に勝るとは思ってもいないからだ。
『よかろう、槍遣い。でっ、わたしたちが負けたら?つぎは頭痛か?それとも腹痛か?ああ、頭でも痛いよりかは悪い、ところか?どこを治してほしいとでも?』
『体はもういい。頭もいい。それは勝負が終わってからだ』
『いい加減にしろ、左之?ここには神様方以外のほうが多いんだ。神様方に固執するのはやめろ』
「鬼の副長」が切れた。そもそも、神様方に対抗すること自体不遜以外のなにものでもない。
全員が土方の正論を認めた。神様方も含めて。
『よいよい。われらは寛容だ。さぁはじめようではないか、槍遣い?』
白き巨狼はその場で軽快に踊った。準備運動のつもりだろう。
『われわれ、われわれ、となにゆえ一括りにされねばならぬ?』
『負けるのがわかってるのにな。どうせおれたちもとばっちりを喰うことになる』
『左之さん、ひでぇ・・・』
厳蕃、そして永倉と藤堂の呟きだ。
『スタートッ!』
そして最終戦の火蓋がきられた。