一番速いお馬さんは?
「六十頭のなかで一番速い馬はどの馬だと思う?」
その日、「永遠の賭博師」こと原田は、相棒の九重を駆っては周囲の騎馬に寄せ、その鞍上の騎手に問うた。
騎手は一様に頚をひねった。
先の二十頭のなかでは、市村の伊吹に土方の富士、厳蕃の金峰、それに重量級の馬体のわりには永倉の金剛も速いし、斎藤の剣、藤堂の那智もそこそこの脚を持っている。
後に加わった四十頭はどうだろうか・・・。想像もできない。
「坊、馬たちにきいてみてくれよ、なぁ?」
原田は白き巨狼に九重を寄せた。その背に幼子がいるからだ。
『尋ねても無駄だ、槍遣い』幼子ではなく、その育ての親の思念だ。しかも英語だった。
『知っておるか、槍遣い?走ることが生き甲斐の動物は無駄に頑固で誇り高いのだ』
『たしかに頑固だな』『たしかに頑固ですよね』『仰るとおりですわね』
柳生親子と信江の同意がかぶった。その三人以外の全員が、親子と信江をみた。
視線にこめられた同様の思い・・・。
(柳生には負けるだろう・・・)
それをよんだ柳生親子と信江の眉間に皺が寄った。
『えーっ、それじゃぁわからないよーっ』
原田のくだらぬ頼みでも、兄想いでやさしく、生真面目な幼子は頼まれるまま素直に実行に移していた。育ての親の背からぴょんぴょんと馬たちの背に跳躍しては飛び移り、一頭一頭尋ねまわった。
そして、三十四の背の上でついに途方にくれた。
『坊っ、どうした?みんな、なんだって?』
『左之兄、みんな自分が一番だって、自分こそが一番だっていうんだもの・・・』
悲しげに調査の結果を伝える幼子。人一倍子ども好きの原田は、思わず九重を三十四に寄せ、その背にいる幼子をぎゅっと抱きしめていた。
『だから申したであろう?われこそは最速なり!われこそが駿馬なり、と申すに決まっておるのだ』
白き巨狼はせせら笑った。それから、せせら笑った相手の影響で、すっかり博打にはまってしまった獣神は、ふと思いついたことを思念として送った。
『競馬だ。騎手をいただき競うのだ』それはまるで神託のごとく人間の心に響いた。
『神様っ!さすがだ』原田の系統違いの神への讃辞が、なにもない平原に流れていった。
三神の眉間に皺が寄る。
『なぁいいだろう、副長?おれたちだって知っといて損はねぇはずだ』
こじつけもいいところだが、原田の勢いに負けたこと、それに単調な旅を活性化させること、それから、たしかに、原田のいうとおり、それぞれの馬の脚の速さを知っておけば危急の際の参考になるであろうこと、これらを瞬時に考慮し、土方は苦笑とともに了承した。
『そうだな。速く走らせる鍛錬にもなるだろう・・・。もっとも、それぞれ幾度騎乗するかをだれかさんにわからせる主計にとっちゃあ、いい迷惑だろうがな・・・』
土方の言にかぶさり、それはそれは大きくて深ーい溜息が相馬の口唇から漏れた。同時に『一人五回は乗れるよね、主計兄?あ、六回かな?』とだれかさんの計算結果が報告された。
相馬の口唇から再度漏れた心底からの溜息は、だれの精神にも響き、打ったのだった。