「永遠の賭博師」ふたたび
「永遠の賭博師」こと原田はへこたれない、そして諦めないことが身上だ。
この夜、かれは仲間に加わったジムにも博打の世界を満喫してもらおうと、試みることにした。
『ジム、これは賽子といってな・・・』
『やめねぇか、左之っ!』
原田が口唇を開いた途端、寝る支度をしていた土方の大音声が夜の帳のおりた大平原に響き渡った。
すこし離れた場所で一塊になっている騎馬たちが一斉に息を潜めたのが気配で分かった。
『頼むから眠ってくれっ!』
土方は馬たちがいる場所のほうに向きなおって嘆願した。
『あーあ、あれじゃぁ「寝た子を起こす」ようなものだよね・・・』
『馬鹿総司っ、てめぇも黙ってやがれっ』ふたたび「鬼の副長」の一喝が飛ぶ。
指笛が鳴った。馬たちがまた呼吸をしはじめたのが感じられた。
『待ってくれ、副長。なんでだ?博打は女と同じで漢の甲斐性だぜ?』
『だが、そもそも博打は女と違ってかならずしも必要なものではない。なくても生きてゆけるし人類が滅ぶようなこともない』
さすがは土方の刃だ。先ほどの語りとは違い、正論を振りかざして敬愛する土方を護る斎藤。
『いいや、そりゃ料簡が狭い。博打人間の本質だ。人間の精神の根底だ。いや、人間だけじゃねぇ、みてみろ、神様たちだって博打を認め、布教を許し給うてらっしゃる』
原田はとくとくと述べつつ大きな掌を神様方のいる方向へかざし、ひらひらさせた。
『左之、てめぇ、まがりなりにも神様まで持ちだすのか?神様まで巻き込むのか?神様まで味方にしようというのか?神様まで地獄に落とそうってのか?ええっ?神様まで血祭りに上げようってのか?』
土方は自身の妻よりもはるかに薄く、きれいな掌を神様方のいる方向へと突きだした。それからそれをぶんぶんと振った。
『なんだって?なにもそこまでいっちゃいねぇし思っちゃいねぇ。だいたい、うちの神様方をどうやったら地獄に落としたり、ましてや血祭りに上げられるってんだ、えっ、副長よ。そんなことができるんなら、あるいは方法があるってんなら教えてくれや、ええっ、副長よ』
いまや完全に話がずれてしまっている。間に立つ土方至上主義の斎藤ですら唖然とした。もはや周囲にだれもいなくなっていた。
『おーい、お三方、やるのかやらないのか?せっかくスタンリーとフランクがポーカーを教えてくれるってのに?』
藤堂の呼びかけで土方も原田も斎藤もはっとしてそちらをみた。
篝火の近くで三人以外の者がスタンリーとフランクを囲んでいる。日の本の漢たち、スー族の二人、ジム、そして神様方、信江までゲーム・カードを操る二人の説明を真剣にきいている。
ゲーム・カードとはトランプのことである。
ポーカー、それは現在でも世界的に愉しまれている博打の一つ。
ジムは愉しんだ。日の本の漢たちもまた心理戦を駆使するこの博打を愉しんだ。信江も愉しそうに興じている。
そして、賽子博打につづきポーカーもお気に召したようだ。神様方も人間と同じように、否、それ以上に愉しんだ。狂喜したといってもいいかもしれない。
土方も原田も斎藤も加わった。
先ほどのやり取りなどすっかり忘れ去られて・・・。
この夜、全員が夜更かししてしまったことはいうまでもない。