好いた子
『新撰組の後援者の一人が攘夷志士に狙われているということで、警護の依頼がありました。副長が隊士を募る為に東下されていた時期です。おれと魁兄さんが金で雇われた用心棒として、丞兄がその商家の使用人として、入り込んだのです』
当時は暗殺された参謀の伊東がおり、土方にかわって采配していた。斎藤はその時分暗殺が主で警護はほとんどなかった。警護を任されるようになったのは、伊東の死後に暗殺の任から外されてからのことだ。
伊東はそれを知らなかった。当然のことだ。ゆえに警護なるものがまわってきたのだろう。
『その後援者には娘が一人いました』
そこでほとんどの者がほう?となった。「その娘と?」と想像するのは自然な流れだろう。
『後援者は六十路位にみ受けられましたが、紹介されたその娘というのはまだ幼く、後援者の孫といってもいい年齢でした。ゆえに孫を養子にしたのかと思いました。女子をわざわざ外から養子に迎えるのもおかしな話ですから。あるいは、そういう趣味で娘のように傍に置いているか、と』
ほとんどの者が然もありなん、と心中で頷いた。そして、つづきをはやくとやはり心中で願った。
『それはそれは可愛らしくておとなしく、やさしい子でした』
『うげっ!』藤堂と市村が同時に同じ単語を発した。反射的に永倉が藤堂の後頭部を、原田が市村のそれを、それぞれ平手打ちを喰らわした。だが、その思いは同じだ。これはほぼ全員が心中で思ったに違いない。
えっ、そういう趣味だったのか?と。
自身のことを語ることに慣れていないからだろう。斎藤はそんな周囲の機微に気づくことなくつづきを語った。
『いつもひかえめにおれから距離を置いておれのつたない話をきいてくれました。そして、面白くないのにときおり笑ってくれました。それだけでなく、食事や風呂や寝床やらとあれこれ世話を焼いてくれたのです。おれは正直、女子にやさしくされたことなどあまり経験のないことでしたのでその子のやさしさにすっかり参ってしまいました』
『真面目かよ?』つぎに同時に同じ単語を発したのは永倉と原田で、このときとばかりに藤堂が永倉に、市村が原田に平手打ちを喰らわそうとしたが、年長者の方が一枚上手であった。まるで柳生の「無刀取り」のごとくその平手打ちを両の掌ではさんで受け止めたのだ。
『ほう・・・』みていた柳生親子が唸ったのはいうまでもない。
そして、斎藤はやはりそんな周囲の動きにも気がついていないようだった。
『ある夜、攘夷志士どもがその商家に押し入ったのです』
その先はきくまでもない、とほぼ全員が思った。
襲撃者を斎藤が撃退し、それを斎藤をはじめとし、山崎・島田の三人で撃退する。それを目の当たりにした娘が斎藤に恋心を抱く、あるいは憧れる、という筋書きだ。いやいや、これは笑い話のはずだから、意外にも娘は島田辺りに惚れちまう、という落ちか?
『襲撃者の数は多く、しかも狭い部屋のうちです。太刀を振るうには最悪の場所です。おれは連中と相対しながら考えました。庭に誘い込むしかない、と。そのとき、廊下側の障子がすっと開きました。そこに現れたのが娘です。おれは叫ぼうとしました、『隠れていろ』、と』
おっ、なんだか展開が予想と違うぞ、とほとんどの者が固唾を呑んでいた。
『おれが口唇を開こうとしたその瞬間、灯火のない、月の光が射し込んでいるだけの室内に娘の微笑だけがはっきりとみえました。刹那、室内にいた賊ども全員が畳の上に転がっていました。ただ呻き声だけが幾つも漂っていました・・・』
『真面目かよ?』ほとんどの者が呟いていた。
『呆然としているおれたちの傍に娘が近寄ってきました。そして、また微笑んだのです。それから告げたのです。「これで任務は終了ですね、島田先生、山崎先生、斎藤先生」と』
そのとき、山崎と島田が腹を抱えて笑いだした。『あれは最高の冗談だった。いや、冗談のようなものだった』山崎は目尻に泪さえ浮かべていた。
『あいつだったんです。その後援者は、黒谷の情報提供者で長州に狙われていたのです。あいつは、黒谷から密命を受けて商家にいたのです。おれはそれにまったく気がつかず、好いてしまったのです。ああ、好いたというのはいい子だ、という意味で変な意味ではありませぬので』
最後のほうは、そのあいつの二人の叔父と叔母、それと従弟に向けられたものであるのはいうまでもない。
だれかが笑いだした。だれもが思った。
じつに斎藤らしい話だと思った。そして、じつにあいつらしい話だとも思った。
この夜の語り部による語りは大成功のうちに大団円を迎えた。




