語り部斎藤一
その夜の語り部は斎藤だった。
斎藤はさほど口が達者なわけではない。饒舌になるのは剣術と刀談義のときだけだ。
仲間たちは斎藤がなにを語るのか、すでに夕食のときから期待していた。
副長のことか、あるいはあいつのことか・・・。人間でない場合は、刀かそれに類するものだろうか・・・。
正直、斎藤が語ることは、というよりかは語る話題じたいがある程度の予測ができる。それほど常より話し下手なのか、あるいは話題に乏しいのか・・・。
ゆえに夕食後、焚火を囲み車座になって煮だしたどろどろの珈琲を、ほとんどの者が眉間に皺を寄せつつ啜っているところで、斎藤がそれをきりだした途端、ほとんどの者が美味しくもない珈琲を噴出したのだった。
『好いた子の話をしましょう』
それが文字通り斬り口上であった。
最近の語りは、新しく加わったジムの為に英語で行われている。
『なんだって?、もう一度いってくれないか』
一番驚いたのはやはり土方だったのだろう。自身の懐刀の知られざる一面、といったところだ。
『はあ・・・。好いた子の話、と申しました』
生真面目にもう一度告げる斎藤。尖り気味の顎を擦りながら全員をみまわした。ほとんどの者が驚いていることに気がついていないらしい。
そして、そのなかにあって、山崎と島田だけは斎藤の衝撃ともいえる語りの内容に気がついたらしい。その二人が小さく頷き視線を交わしあっているのをめざとく気づいた幾人かが、(ああ、任務にかかわることか・・・)と察した。無論、その察したなかには土方も入っている。
『へー、一君でも惚れた女子がいるんだ』藤堂が声音を震わせきいた。動揺を隠そうにも隠しきれていない。
『おまえ、失礼すぎやしないか?斎藤だって人間だ、漢だ、惚れた女子の一人や二人いるだろうよ』
『ちょっと待てっ!そういうおまえだってずいぶんと失礼だぞ、左之?斎藤だってとはどういう料簡だ?』すかさず、原田に突っ込みをいれる永倉。
『やかましい、「三馬鹿っ!」おめぇら揃ってその口噤んでやがれっ!総司っ、てめぇもだ』
『ひどいな『豊玉宗匠』、口も開いていないじゃないですか?』『いま開いてるだろ?』
『面白い、あるいは愉しい話を、という趣旨ですよね、副長?』
まるでどこか違う世界にいるかのようだ。自身のことでいいあっている仲間など眼中にないかのように淡々と尋ねる斎藤に、さしもの土方も『あ、ああ、ああ、そうだな・・・』と答えるしかなかった。
『日中、いろいろ考えました。会津での血みどろの戦いのことや、京での血みどろの斬りあいのこととか・・・』
『あ、ああ、ああ、そうだな・・・』馬鹿みたいに同じことを繰り返す土方をみながら、みな、心中で思った。
その方がよほど斎藤らしいといえば斎藤らしいが、異国の地で夕食後ののんびりするときに語る内容か?と。
『ゆえに好いた子の話なら、と。副長、語ってもよいですか?』
『あ、ああ、ああ、そうだな、もちろんだ』
三度同じことを繰り返す斎藤の横で、その妻が『ぜひともききたいですわ、一さん』と夫にかわり斎藤の背を押してやるという擁護をする。
『さすれば・・・』
生真面目すぎる。斎藤は微妙な空気のなか、仲間たちに軽く一礼してから口唇を開いたのだった。




