美しき言の葉
『国破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心
烽火連三月
家書抵萬金
白頭掻更短
渾欲不勝簪』
白き狼が杜甫の『春望』につづいて李白の『静夜思』を諳んじる。
『牀前看月光
疑是地上霜
擧頭望山月
低頭思故郷』
つぎは厳蕃が和歌を諳んじる。
「「田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ」」山部赤人「「花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに」」小野小町、
「「これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬもあふ坂の関」」蝉丸。
そして、西洋の詩を相馬がウイリアム・ワーズワースの詩篇から「郭公の詩」を書より引用する。
『O Blithe New-Comer! (おお、陽気な訪問者よ!確かに汝だ)
I have heard, I hear thee and rejoice.(汝の歌を聞き、わたしは喜びにみたされる)
O Cuckoo! Shall I Call Thee Bird, (おお、郭公よ! 汝が鳥であろうはずはない )
Or but a wandering Voice?(彷徨える聖なる声ではないのか?)
While I am lying on the grass Thy twofold shout I hear,(みどりなす草のうえに横たわって二重のさけび声をわたしは聞く)
From hill to hill it seems to pass,(丘から丘へとその歌は通り過ぎる)
At once far off, and near.(ひとたびは遠く、ひとたびは近く)
Though babbling only to the Vale,(ただ谷間へとあどけなくも呼びかけるが)
Of sunshine and of flowers,(太陽の光にみち、花々のかおりにみち)
Thou bringest unto me a tale Of visionary hours.(汝はわたしに、かの秘密の物語をかたる地上を離れた想像の時をもたらす)
Thrice welcome, darling of the Spring! ( みたび歓迎の言葉を、春の寵児よ!)
Even yet thou art to me(わたしにとって、汝はまさに)
No bird,(鳥ではなく)
but an invisible thing,(不可視の存在である)
A voice, a mystery(その霊妙な声は神秘の精髄である)』
そして、フランクとスタンリーは系統の異なる神にまつわる聖書より好きな言を諳んじる。
『Man shall not live by bread alone.(人はパンのみにて生きるにあらず)』
『Don't take God's name in vain.(みだりに神の名を唱え、用い」てはいけない)』
『Who can utter the mighty acts of the Lord?(主の力強い御業を言葉に表せる者があろうか)』
『Better is a neighbor that is near than a brother far off.(近い隣人は遠い兄弟にまさる)』
最後はイスカがスー族の格言を英語に訳して述べた
『ひとびとのこころに真の平和が宿るまで国と国との間に平和はやってこない』
『蛙は棲む池を呑み尽くしはしない』
打ち捨てられた村を後にし、ふたたび鞍上の人となった。かわらぬ風景のなかで旅がつづく。それぞれの国や神や部族にある言の葉を翻訳したり説明したりするのもいい勉強になる。
みなそれぞれに感じ入り、考えさせられた。勉強嫌いの面々も、こういう教えには従順に耳朶を傾け受け止める。
沖田ですら句のところで土方をみてにやりと笑みを浮かべたが、口唇を閉じてききいっていた。
このときそれぞれが挙げただけではない。国、宗教、種族、それぞれに教えや伝承はあまたにある。それらを知ることは決して無駄にはならぬ。知識は荷物にならぬのだから。
ジムは驚いていた。ここは知識の宝庫だと心の底から感心もした。
そしてできるだけ学ぼうと思った。以前の環境とはまったく違う。ここで享受し学びことはけっして悪でも愚かでもない。むしろ善であり未来だ。
貪欲になるべきだ。素直になるべきだ。そして、積極的になり卑下しないことだ・・・。
知れず黒い相貌に白い歯が現れていた。
『ジム、なにがおかしいの?』それに気がついた玉置が尋ねると、すかさず『かれは強くなりたいんだよ』と意味不明の突込みを入れる市村。
『痛っ!』刹那、市村と伊吹を挟むような形でどこからともなく現れた永倉と原田。鞍上からの平手打ちの一撃が右と左の頬に見事に決まった。
ジムはさらに白い歯をみせて笑った。異国の少年には気の毒だが可笑しくてしかたなかった。
それをみていた異国人たちも笑いだした。
市村でさえも両方の頬を掌で擦りながら笑っていた。
旅はゆっくりつづく。