破壊神(バスタード)
大の大人が小さな体躯に縋りつき、あるいは偉大なる獣は小さな体躯を覆うシャツのなかに長い鼻面を突っ込んだ。その怯え具合はまったく同じで、頼られた側は驚きを通り越して呆れてしまったほどだ。
「いったいなんなのです、あなた方は?」頼られた側は、さらなる皺を眉間に刻んで囁いた。
「父さんも叔父上も、あなた方が殺めた人間が化けてでてくることより、よほど怖くありますまい?」
先日の信江の怪談話にあわせていっているのだ。
「それとこれとは話は別だ。左之の歯痛と同じで、違う怖さだ」
「はぁ?」ずれすぎている叔父のこじつけに、甥は笑うしかなかった。
「父さん、お腹がくすぐったい。ャツから顔をだして下さい。大丈夫です、幽霊などどこにもいやしません。お二人ともよくご覧ください・・・」
幼子にたしなめられ、大の大人と年ふる獣は、ともに建物内の暗がりに双眸をこらした。
すると、たしかに小柄な老人が立っていた。まるで闇と同化しているかのように気配をさせず、いかなる気も発していない。
かようなことができるのは、呪術師以外にいないだろう。
『ご要望の三神をお連れしましたよ、オジブワ族の偉大なる呪術師』
その証拠に、イスカがそう呼びかけた。
小さな老人は、闇のなかで無言のまま一行に背を向け、奥へとゆっくり歩きだした。
『参りましょう』イスカがうながし、なかに入っていった。すぐに相棒であり身内でもあるワパシャがつづく。
獣神の依代たちもあとにつづいた。
携帯用洋燈がささやかながら室内を照らしていた。宅内も荒れ果てており、床にもいくつか穴が開いていた。その中央にオジブワ族の呪術師が胡坐をかいて待っていた。
スー族の二人とともに室内に入った二人と一頭は、室内に円を描いた位置で同じように胡坐をかくかお座りした。
『われわれスー族とは言葉が違います』イスカが説明しようとしたのを、厳蕃は指が四本しかないほうの掌を上げて制した。
『オジブワ族の偉大なる呪術師よ、英語を話せることをわれらはわかっている。ぜひともそれを話して欲しい』厳蕃はことさら「プリーズ」を強調した。その横で胡坐をかいているワパシャが息を呑んだのがはっきりとわかった。
『礼を申す、破壊神たちよ』それは発声というよりかは白き巨狼のような思念に近かった。
『非嫡出子と馬鹿にされておるぞ、わが甥よ?』『ありえない、叔父上、かれはあなたのことをろくでなしと仰っているのですよ』すかさずいい返す甥。
『ふんっ、われらが破壊神と申すか、呪術師?よくみよ、洟っ垂れの糞生意気な餓鬼に、さらに糞ったれの子猫、それと偉大なる獣の王だ。その老いさらばえた眼をみ開いてよくみるがよい』
『やかましい』『だまって』
ある意味、これほど息のあった三人組はいないだろう。いつもの掛け合いにイスカもワパシャもたまらず噴出してしまった。
偉大なる呪術師でさえ、皺だらけの相貌にそうとわからぬほどの笑みを浮かべたのだった。




