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慕い、甘え・・・

 うち捨てられた村にはぼろぼろとはいえ夜露程度ならしのげる家屋がいくつかある。オジブワ族の一家はその一つに引き取った。

 怪我人が回復するまでしばらくそこに隠れているという。

 追っていた小隊がさらなる人数を引き連れて捜索にくる可能性がある。無論、たかだか少人数、ということで捨ておく可能性もある。だが、事態はつねに最悪を想定してそれに備えておくほうが無難だ。できるだけはやくこの地から去るようスー族の二人が忠告した。


「どうしたの、厳周?疲れているでしょうに・・・。鍛錬もほどほどにしてもうお休みなさい」

 寝泊まりしている家屋から一人離れ、「関の孫六」を打ち振る厳周。夜空に散りばめられた星星の下、厳周は無心であれと自身にいいきかせながらもついつい注意がほかへと向いてしまう。かような状態ではいくら剣を振っても同じこと。それもわかっていながら体躯を動かさずにはいられなかった。

 そこにやってきたのが母親がわりといっても過言でない叔母の信江だった。夫の富士を連れている。厳周の相棒の大雪が走り寄ってきた。厳周が素振りをしている間、邪魔にならぬようすこし離れた場所に佇み、相棒たる厳周をじっとみつめていたのだ。

「叔母上・・・。そうですね。疲れているはずなのに眠れそうにないのですよ・・・。叔母上は?ああ、父上と坊のところに?」

 厳周は残心をきっちりと行ってから得物を鞘に納めた。大雪の鼻面を撫で、ついで富士のそれも撫でてやる。

「ええ、壬生狼が案じていましたから。伯父と甥であればいいですが、叔父と甥であればお互いなにをしでかすかわかりませぬゆえ・・・」

 信江は控えめに笑った。

「叔母上、父上はなにを案じておいでなのでしょう?従兄殿はなにを考えておられるのか?わたしにはあの二人が、二人の関係がよくわかりませぬ・・・。とくに従兄殿は他者ひとと交わりたいのにそれを畏れているという印象イメージが強く感じられます・・・」

「厳周・・・」信江は育て子に近寄るとその頭を撫でてやった。厳周が幼い時分ころよりつづけられているいわば愛情表現の一つで、いまでもとくに抵抗なく受け入れてくれる。

 同じ血筋でありながら、辰巳はまったく違う。相手を思いやるが為に頭ごなしに拒絶することはない。が、相当我慢しているのが強く感じられる。

 生まれ育った環境、生きる世界の影響も大きい。

「あなたのいうとおりね、厳周?あの子は人間ひとを畏れています・・・。もはやだれにもどのようにもできぬのでしょう。たとえあの子が大好きな主であっても、です」

 育て子の頭を撫でてやりながら、信江は死んだ自身の子のことも考えずにはいられなかった。短い間、病に苦しみながらも必死に生きていた息子。信江と父親の疋田忠景を案じさせぬよう明るく振舞っていた。それがわかっていただけに信江も景康も心中で無力感に苛まれていた。

 そういう点では死んだわが子も辰巳も同じなのかもしれない。

 ただ一つ、辰巳は自身を責めつづけ滅したがっていた。自身が生きる為ではなく他者を生かす為に自身の生命いのちを削りつづけた。

 その差はおおきい。それをつねに意図せず無意識に行っているのだから余計に性質たちが悪い。

「叔母上、わたしにはどうすることもできぬのでしょうか?」

 そして、いま一人苦しむがいた。複雑な身内に囲まれ、どうすることもできず無力感に苛まれているが。

 この子も同じだ。あのときのわたしたちと同じように・・・。

「いいえ、あなたにはできる。あなたならわたしたち兄妹と従兄に光明を、希望と将来さきを与えることができる。土方歳三とともに・・・」

 そして抱きしめてやった。

 昔と違い、成長した育て子は抱きしめるには大きくなりすぎていた。それでも甘えてくるその心は昔のままだと信江は嬉しかった。

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