予言
撃たれたのはまだ若い漢で幸運にもライフル銃の弾丸は漢の太腿を貫通していた。山崎が治療した。季節のかわり目や低気圧の影響で疼くことはあったとしても生活するのに影響は残さないであろうということだ。
逃げていたのはオジブワ族という部族の一家だった。オクラホマにある指定居留地から逃避行していたのだ。
『じつは、スー族はかれら部族とは敵対関係にあります』
ワパシャが告げた。
一家は一行よりすこし離れたところで怪我人を囲んでいた。
『そして、スー族を破った唯一の部族でもあります。まぁそれも昔のことですが・・・。かれらもまた勇敢な部族です。敵の死肉を喰らう食人の習慣があったのです。無論、それも昔のことです』
土方や厳蕃だけでなく、それをきいていたほとんどの者が心中で唸っただろう。
『偶然とはいえ、助けたことであんたらが同族内で不利になるようなことはあるのか?あるいはかれらも?』
土方の問いにワパシャもイスカも白い歯をみせ笑った。そして陽に焼けた相貌を左右に振った。
『現在でも一応は敵対関係にありますが、遭遇して、あるいはお互いの土地や物を護ったり奪う為に戦うことは皆無です。それこそ「いちれんたくしょう」ってやつでしょう?』
|日の本の言の葉でいわれ、土方も仲間たちも驚くとともに可笑しかった。使い方がまさしく適所だ。
『うーむ、鉄よりよほどうまい使い方だな」とは、鉄の先生役の相馬の心からの讃辞だ。否、鉄に対する皮肉だ。
『それにしても、なにゆえ逃げたのか?理由をいっていたか?』
厳蕃が問うと、ワパシャとイスカは互いの相貌をみ合わせた。それから気まずそうにオジブワ族のほうに視線を向けた。一家に年寄りがおり、それが長老格で呪術師であることが異国からやってきた一行の瞳にもあきらかだ。
厳蕃の足許にその甥と白き巨狼が近寄ってきた。
『そうか・・・。われわれの所為か・・・』
厳蕃の呟きにこもったなんとも表現のしようのないものが土方をはっとさせた。義兄を、それからその足許の息子と白き狼を順番にみてしまった。
『居留地にいるほかの部族の者にもそこから逃げて元の地に帰るよう説得したようです。ですが多くの者たちがそこでの生活に馴染んでおり、危険を冒してまで帰ることに難渋を示したそうです。白人たちはかれらから土地や生活を、さらには習慣や信仰や精神を奪うだけでなく、白人たちの都合のいいように塗り替えてしまうのです。それはなにもオジブワ族だけにいれることではありません。近い将来にはわれわれもまた・・・』
イスカはそういってからごつい両の肩を竦めた。
『その居留地にはスー族も?』尋ねておきながら厳蕃は答えがわかっていた。『えぇ・・・』
「われわれがそこに部族を救いにいくか、あるいはそこに駐屯している騎兵隊を襲いにいくか、それともその両方か、といったところだな」
厳蕃は日の本の言の葉にきりかえて仲間に告げた。
厳蕃の義弟だけでなく、全員に緊張が走り、厳蕃に注目した。
「あの呪術師はそれを予見した。そこに死をみたのやもしれぬ。われわれは・・・」厳蕃は自身と甥、それから白き狼を指差した。
「敵だけでなく罪なき多くのこの国の民を殺すのだろう・・・」それからくるりと背を向けオブジワ族がいる方とは反対の方向へと歩きだした。
「いや、そんなものはただの予言でしょう?おれたちはそんなことはしない」
沖田だ。両の拳を握り締め叫んだ。
その叫びに厳蕃の歩みが止まった。
「いいや、予言ではない・・・。事実だ・・・」
そして歩き去った。
土方は自身の息子を足許に抱き寄せていた。
『わたしがゆこう、主よ』白き巨狼がずいと脚を進めた。
『呪術師、あの者どもに教えてやれ、自身らの畏れている脅威によって生命が助かったということをな』
そういうと白狼は厳蕃の後を追っていった。
『仰せのままに、大精霊』
イスカはその白き獣に目礼すると敵対している者たちに近寄っていった。




