闇の眷属
辰巳にとって闇は眷属だ。否、辰巳自身が闇の眷属なのだ。「竜騎士」という称号はあくまでも戦場という表舞台で兵法を駆使し、あるいは用兵を用い、一騎駆けで敵軍を翻弄し、最終的には撃ち破る。そういった大活躍によって与えられたものだ。
姿形が子どもなだけにその称号だけが有名になってしまった。清国でも「小将军」と呼ばれていた。それは「小さな大将軍」という意味だ。 それが露西亜へゆけば「狼大帝」となるし印度では「युद्ध के देवता(戦いの小神)」と呼ばれた。
人間は英雄を好む。じつに明快で単純な思考だ。
その実がたとえ唾棄すべき暗殺者であったとしても、だ。
華やかな戦場での活躍は舞台上でのささやかな演技にすぎぬ。それまでに謀略と暗殺の種をこつこつと撒き育むことではじめて戦での勝利を掴めるのだ。
それらすべての手管を辰巳は知識と経験によって駆使できる。芸術的ともいえるこの手練をみぬきそれをはばめる者など世界広しといえどいないだろう。実際、いなかった。
大国をも滅ぼすことのできる闇の狩人、それが辰巳の本来の姿なのだ。
それを日の本ではみせなかった。正確には一部しかみせなかったし知らしめなかった。なぜなら、その必要がないしそうしたくなかったからでもある。
真のことを知られれば、主はどう思うだろう。叔父や叔母、従弟はどう受け止めるだろう。
想像することさえ怖ろしい。
多くの生命や尊厳、希望や将来を踏み躙り奪っておきながら、辰巳は自身でもむしがよすぎると呆れた。
なにが転生だ、なにが家族だ・・・。
人間の世に災厄が降りかかったも同じこと。
そう、辰巳自身が災いの元凶なのだ。
『さぁみんな、踊ろう!』
林に入ったところだ。周囲がことさら暗くなった。日の本での表現ならば「墨を落としたような」というところであろう。闇に包まれ、さして広くない林のなかの道上で馬たちは狂ったように踊った。前脚をあるいは後脚を高々と上げては跳ねまわった。その鞍上にいる騎兵たちは突如訪れた異変に怯えた。姿あるものには勇敢に立ち向かえても未知のものに対しては脅威でしかない。
制御が利かないのは馬だけではない。それぞれの恐怖心も利かなかった。幾人もの兵士が地に転がり落ちた。踊りつづける騎馬の脚に蹂躙された者もいるだろう。
全員が神に縋った。神の御名を、その存在自体を讃えた。あるいは父親の、母親の名を呼んで助けを請うた。
『去れっ、愚かな人間どもよ』
空から忠告が降ってきた。それは言の葉によるものではなく、騎兵一人一人の精神に直接語りかけられた。
騎兵たちが手探りでおとなしくなった馬に乗ると、馬たちは勝手に走りだした。元きた方角へ向かって。
『まさしく神による罰と啓示だな』闇から夜の暗さへとかわった。先ほどまで雲に覆われていた空に月と星星が現れた。
『性悪の甥めと叱られるであろうのう、わが子よ?近づいてくる子猫ちゃんのやる気加減が半端ではないからの』
白き巨狼は太い枝の上で笑った。牙を剥きだしにして。
「性悪なのは育ての親に似たからです、父さん」
幼子は嘯いた。
『それが性悪だと申すのだ、わが子よ?』
幼子がくすくす笑いだした。
一人一獣のいる木の下に仲間たちがちょうど駆けつけたところであった。