Let's hunt now!
『殺すのはだめなのだな?』
「当たり前です、父さん」
木の枝の上から幼子とその育ての親が近づきつつある追走劇を眺めていた。
追う側が追われる側に追いつくのも時間の問題だ。
追われる側はスー族の戦士たちと同じような気を持っている。幼子はそのなかに怪我人がいることを感じていた。そして、追う側はこの追走を愉しんでいることも感じていた。
人間を追いかけ仕留めることをまるで遊びであるかのように愉しんでいるのだ。おそらく、この小隊はこういうことを専門にしているのだろう。
「朱雀、わたしの翼ある守護神よ」
暗くなった林のなかを大鷹が戻ってきて幼子の肩に着地した。
厳蕃の命を忠実に伝える。
「ありがとう、朱雀。このまま父上のところへ飛んでもらえるかい?」
幼子はズボンのポケットから紙片とちびた鉛筆を取りだすと取り決めていたとおり日の本の文字で状況を記した。
『わるいぐんたい おいはらう』仮名で書かれたそれはじつに単純だ。が、幼子の父親にはこれだけで十二分に伝わる。
その紙片を朱雀の脚にくくりつけた。
「頼むよ、朱雀」「きいっ」幼子の意を受け了承した朱雀は翼をひろげるといまやってきたばかりの方角へと飛び去った。
「さて、と・・・」幼子は枝の上でゆっくりと立ち上がった。ちょうどその下を追われる側が通過しようとしている機であった。
『じつに複雑な存在だな、わが子よ?いや、辰巳よ』白き巨狼の皮肉に辰巳は小さな笑い声を上げた。
「複雑?辰巳などじつに単純な存在ですよ、狼神?人間の血肉を貪り喰らうだけの妖なだけです・・・。さて、われわれはわれわれに与えられた任務をこなしましょう」
辰巳は短く指笛を吹いた。すると木の下を通り過ぎたばかりの追われる側の馬たちがその場で脚を止めた。
『こんばんは、みなさん。どうかこのままお進みください』
木上でそう告げると再び指笛を吹いた。すると追われる側の馬たちはまた走りだした。その鞍上や馬車上に驚き顔の男女を戴いたまま・・・。
「意のままに操るわたしの本領発揮、っといったところでしょうかね、狼神?」
『そうさな。さぁ狩りを愉しもう、狼君』
白き巨狼が枝の上で四肢を踏ん張り遠吠えをはじめた。月も星もない夜、闇の帳が落ちた大地にそれはじつに不気味に響き渡ってゆく。
その横で辰巳は瞼を閉じた。迫りつつある騎馬隊の馬たちにお願いをした。
五十頭の馬がいっせいに急停止した。
鞍上の騎兵がどれだけ罵ろうとも、馬たちはけっして耳朶を傾けずいうことをきき入れなかった。
そして狩りがはじまった。




