物見と性格(キャラクター)
暮れゆく空のもと八頭の騎馬と一頭の狼が疾駆している。
厳蕃の金峰を先頭に永倉の金剛、沖田の天城、藤堂の那智、斎藤の剣、伊庭の比叡、厳周の大雪、そしてイスカの霧島がつづく。霧島は霧のように純白の毛並みをもつ白馬だ。
白き巨狼は金峰と並走し、その育て子は大雪の鞍上厳周とともにある。朱雀は永倉のがっしりとした肩の上で翼を休めていた。
「驚いたな。副長がおれたち「四天王」に物見を任せるなんて」
騎馬たちが力強く大地を蹴る音に負けじと藤堂が叫んだ。
「一番向かないのにね」沖田もまた笑いながらいった。
「馬鹿いえ、総司、平助。副長も「四天王」だけだったら任せるものか」
永倉がせせら笑った。「師匠に八郎に厳周・・・。この三人をつけなきゃ「四天王」には物見すらできないってこった」
そしてさらに大笑した。
「でもそんなに突っ込んでゆく性質ではないのに・・・」大雪の鞍上で厳周が呟いた。さして大きくもないそれを藤堂がききつけたようだ。
「だろう、厳周?だれかさんたちのお蔭で誤解されてんだよな」
「おいおい待てよ平助、だれかさんたちってのはいったいだれとだれのことだ、えっ?」
永倉が相棒を那智に寄せた。
「決まってるよ、新八っつあん・・・」「違う違う、新八っつあん。厳周がいいたいのは一のことだ。残りの三人は眼糞鼻糞だろう?」伊庭がいうとなにゆえか比叡まで分厚い口唇を上げ「ひひん」と笑った。
「・・・」言の葉もない永倉、藤堂の二人。
「えっ、なにゆえおれまで一緒にされるかな?だいたい、おれは派手な立ちまわりなどしない。うーん、たしかに「池田屋」では暴れたかもしれないけど、あれは相手の数が多すぎた。それにあそこではおれと平助は途中でぶっ倒れてしまった。最後まで派手に暴れつづけたのは近藤さんと新八っつあんだったでしょう?」「ああ、おれなどはその場にほとんどいなかったな」と斎藤が後を引き取った。
「なんだと?ということはおれだけか?」永倉はおおげさに嘆息してみせた。「がむしん」の異名は伊達ではない。たしかに、いつなんどきでも先頭きって白刃を振るってきた。それは「魁先生」の異名をもつ藤堂も同じこと。が、幸か不幸か藤堂はそれが為に大怪我を負った。そして、ついに死んだ。そして、それは沖田も然り、だ。斎藤にいたっては最初から沈着冷静な暗殺者としての印象が濃い。
「よいではないか」いつの間にか先頭にいたはずの厳蕃が金峰を並べていた。
「それぞれがそれぞれで性質と力が違う。それを使い分け、こなすのは副長の領分だ。みながみな怖いもの知らずで突っ込んでいったり、逆に慎重すぎたり、同じ性質、力だったら組織としては面白くないし成り立たない。同じ「四天王」でも個性が違うからこそ怖れられるまで有名になったのだろう?」
「つまり、それだけ「豊玉宗匠」が「四天王」をうまく操っているってことですよね、師匠?」
「いいや・・・」沖田の問いに厳蕃は苦笑した。「おまえたちを操れるか?」片目をつむってしてからいたずらっぽい笑みになった。
「ま、性質はそうかえられるものでも直せるものでもない。義弟ならそれをうまく活かしてくれるであろうよ」
厳蕃はそう締め括った。
「伯父上、あの林の向こうです」それまで黙っていた幼子が大雪の鞍上で叫んだ。小さな指が眼前に現れた木々を指した。
周囲は暗くなっていた。が、一行にはさしてそれは障害にはならない。
厳蕃は無言で四本しかない掌を上げた。全員がそれに倣って騎馬の手綱を絞った。
『近いな・・・。子犬ちゃん、甥と先行してくれ』厳蕃はイスカの為に英語に切り替えて白き巨狼にいった。『伯父上、伝令役として朱雀を連れていっていいですか?』甥の問いに厳蕃は頷いて了承した。その機で朱雀が永倉の肩より幼子のそれへと宿り木をかえた。
『狼使いの荒いやつめ。わが子よ、おいで』というまでもなくすでに小さな体躯は大雪の鞍上から狼の背の上に移っている。同時に白き巨狼は駆けだした。
『師匠、大丈夫ですって。おれたちはあなたの指示に・・・』英語でいいかけた永倉を厳蕃はやはり同じ掌を上げて制した。
『わかっている。わたしたちはけっしてお目付け役などではない。そんなもの「四天王」には最初から必要ないのでな。逆にわたしたちが「四天王」から実戦を学ばねばならない。その為の同道だ』
「四天王」はわかっていた。厳蕃は義弟の采配をかれら自身にそう解釈させたがっている。ものはいいようだ。それもわかっている。だが、悪い気がしないのもたしかだ。
ゆえにその言を素直に受け止めることにした。昔、京で「近藤四天王」と呼ばれ怖れられた剣士たちはそれぞれの相貌に不敵な笑みを浮かべつつ頷いたのだった。
『ゆくぞ』
そして、先行した一人一獣を追った。