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がんばれ鉄っ!

 小さな村は無人だった。人間ひとが住んでいた痕跡が残っているだけだった。

 その日、一行はそのうち捨てられた村で一夜の宿を借りることにした。

 井戸は涸れ果てていたが、朱雀のお蔭で近くの林にささやかながらも沢があることがわかった。そこに暗くなるまでに馬たちを連れていって体躯を拭いてやった。

 一行にあたらしく加わったジムは、南部の農場で酷使されていたこともあり、馬の世話や手入れも慣れたものだ。率先して助け、あるいは教えてくれる。みなジムに頼るようになっていた。そう、二人を除いて。

 ジムが一行に加わって被害を被ったのが市村だ。いや、ジムそのものがどうのこうの、というわけではない。実際、市村も『ジム、強いの?』やら『新八兄と魁兄さんより力があるかな?』などとその後ろをつきまとっている。ジムにすればいい迷惑だろう。

「なぜわからない?人間ひとは何人だ?そのうちで馬の世話をするのは何人だ?馬は何頭いる?」

 枝を鉛筆ペンシルがわりにして地面に人間ひとと馬の絵を描いてゆく相馬。

 そう、市村以上に迷惑しているのが相馬だった。無論、相馬もジムそのものに問題はない。ジムは生まれてから此の方なにかを学んだことがなかったそうだ。そんな機会チャンスなどあるわけないし、それ以前に許されざることだったからだ。ゆえになんでも貪欲に学びたがった。相馬は「ともに学ぼう」といい、自身の知識の及ぶところは共有し、及ばぬところはスー族の戦士たちや銃者ガンマンたち、書物などから教えを乞いともに吸収した。

 すべての元凶は計算だ。四則フォー・アリスメティック計算・オペレイションズがおおきな壁となって二人の前にたちはだかっている。

 沢で馬たちが並んで水を呑んでいる。体躯を拭き終わり、その日の夜の篝火用の薪拾いを人間ひとが行っている。幾人かは散策したり馬の体躯に異常がないかを点検している。

 市村は土の上に描きだされた精巧な絵をみ下ろしていた。その後ろでジムもじっとみている。

「主計兄、すげえインクレディブル!そっくりだ、うますぎる」

 相馬の絵は控えめに表現しても素晴らしかった。もともと絵心がある。実際、書物をよむかたわら鉛筆ペンシル筆記帳ノートに風景画や人物画を描くこともあった。

 土の上に描かれた人間ひとと馬は、そこから飛びだして動きだしそうなほど緻密でいきいきとしたものだった。

 だが、いまは絵の手ほどきをしているわけでも誇っているわけでもない。

 そんな問題ではない。称讃されてもちっともうれしくない。

「鉄のやつ、ある意味大人物だな」と、すこし離れた木々の間からそれをみている永倉がいうと「ほんとほんと」と藤堂が同意し、「主計もたいしたもんだ。新撰組おれたちのなかにあれだけ我慢強いやつがいたってことに驚きだ」と原田がしめくくった。

 薪を拾う振りをしながら元祖「三馬鹿」は感心しきりだ。

『ジム、正解ユー・アー・コレクト』指を折って解答したジムに相馬がにやりと笑ってみせた。ジムはうれしそう笑い返した。夕闇迫るなか、白い歯が輝いてみえる。

「主計、いい加減諦めたらどうだい?お馬鹿な鉄には・・・」

 沖田が後ろ掌にのんびり近寄ってきた。

「総司兄、まさかまた鉄に馬の世話をおしつけているのではないでしょうね?」みなまでいわさず問い詰める相馬に、沖田は「おお怖っ」と身震いしてみせた。

「鉄のお馬鹿ぶりをおれにあたるなよ、主計?それにしてもうまい絵だ。そうだ主計、「豊玉宗匠」と共同制作コラボレーションしてみたら・・・」

『馬鹿総司っ!さぼるばかりか主計の邪魔してんじゃねぇっ!』相馬が文句をいいだすより早く土方がどこからか走り寄ってきたのでその場にいる全員が心中で驚いた。

 合言葉キー・ワードだ。「豊玉宗匠」という呼称が呼び寄せたのだ。

「総司による鬼の召喚だな、ありゃ」と永倉がいうと「ほんとほんと」と藤堂が同意し「総司もたいしたもんだ。たった一言で鬼を呼び寄せるなんざ」と原田が締めくくった。

 元祖「三馬鹿」は薪を拾う振りすら忘れ、それをみながら囁きあった。

『鉄っ、いい感性だ。この絵のよさがわかるんだ。計算だってわかるようになる。主計、焦るこたぁねぇ、時間ときは充分ある。のんびりいこうテイク・イット・イージー

 土方はさりげなくその場をおさめた。

『頼むから動いてくれ、水を呑んでくれ』

 それから、くるりと背を向けると沢で水を呑んでいたはずの馬たちに懇願した。すべての馬がそれを中断して土方に注目していたからだ。どこからか指笛がきこえてきた。幼子のものだ。馬たちはまた水を呑みはじめた。

『おいおい、おめぇらもいちいちくるんじゃねぇっ!』

 土方至上主義の斎藤と山崎もまた駆けつけていた。

 ジムが控えめに笑いだした。愉しいひとだと思った。同時にやさしいひとだとも思った。ジムの為に英語を話してくれているからだ。


『うーん、一人八頭・・・?』

 市村が絵をみつつ頭を捻りつつ、ついに英語で呟いた。

 世話する頭数がずいぶんと増えたものだ、とその場にいる全員が思ったのはいうまでもない。

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