武士(もののふ)らしさ・・・
「そういえば新八っつぁんて松前藩士だったよな?そんなふうにぜんぜんみえないけど」
「なんだと平助っ!悪いかよ」永倉が金剛の鞍上から那智の鞍上の藤堂に怒鳴った。
「八郎をみろよ、こいつは幕臣だぜ幕臣っ!」まるでそれがすべての元凶かのように太い指で比叡の鞍上の伊庭を指差す永倉。伊庭の比叡は耳朶と耳朶の間に毛がちょろちょろとしか生えていない。というか人間でいうところの河童かあるいはじゃりっ禿げだ。おそらく軍にいた時分に精神的重圧を発症して抜けてしまったのだろうと人間は想像した。比叡には気の毒だが、その馬面がまた神っぽいのだ。神馬といってもいいくらいだ。というよりかは日の本の僧侶を思いださせてくれる。というわけで比叡というのはまさしくその姿形でつけられた名前なのだ。
「はあ?幕臣であることのどこが悪いというのです?それを申すなら師匠と厳周だってそうでしょう?」
「ええっ!われわれは幕臣ではありませぬ、尾張藩士です」大雪の鞍上で声をかぎりに叫ぶ厳周。その父親は金峰の鞍上で小ぶりの両の肩を竦めただけだった。
「平助の話の流れからすると、新八っつぁんは然もありなんだがわたしまで幕臣っぽくみえないってことでしょう?」「ならばわたしたちは尾張藩士にみえない、とでも?」
「おいおい待てよ八郎、おれが然もありなんとはどういう意味だ?おれのどこが武士っぽくないというんだ?」吼えつづける永倉に原田が九重の鞍上でせせら笑った。
「ほたえなよ、新八?平助のいうとおりだ。おっと、なにも殺気を放つこたねぇだろう?平助やおれがいいたいのは、新八にしろ八郎、師匠や厳周にしても裃つけて城に詰めてる士分ってやつにはみえねぇってこった。四人とも戦場を駆け抜ける武士にしかみえねぇ。なっそうだろう、平助?」
「そうそうそのとおりだよ、さすがは左之さん」平助は嬉しそうに「今若」がごとき相貌を上下させた。
「そうだな、左之のいうとおりだ・・・」
土方が呟き富士の鞍上で遠くをみつめた。
一行に沈黙がおりた。武士という言の葉がでるたび、とくに土方や沖田は一人の漢を想いそれを懐かしんでしまう。
武士に憧れそれになった漢のことを・・・。
「近藤さんはずっとずっと武士になりたかった。そして将軍を護りたかった。その為にずっとずっと剣を振るいつづけた・・・」
沖田が天城の頸筋を撫でながら呟いた。自身はその近藤の剣となって護り抜くことこそが望みだった。そうしつづける為に剣を振るってきた。
「おれはなに一つ役に立たなかったけど・・・。近藤さんを護りきれなかったばかりか病で倒れてしまったのだから。近藤さんの夢を叶えたのは土方さん、あなただ」
いつの間にか馬たちの歩みが止まっていた。差別の話からずいぶんとかけ離れてしまっている。
だれもかれもが鞍上で、あるいは馬車の馭者台で亡き局長を偲んだ。
『武士になるぞ』餓鬼の時分、かっちゃんはいつもそういっていた。気がついたら土方はそのかっちゃんの夢を叶えてやりたいと思うようになっていた。ある年の春、多摩川の岸辺で咲き乱れる桜の樹の下でかっちゃんのその夢を叶えてやるといま一人の親友とともに誓い合った。作法などからずいぶんとかけ離れたみっともない方法で金打をおこない契りを交わした。
「いいや総司、思い違いをするんじゃねぇ」
遠く地平線に夕陽が沈もうとしている。それがかっちゃんの笑顔であるかのように土方はじっとみつめつづけた。
「総司、おめぇをはじめとした新撰組の隊士一人一人の力だ。おれ一人だけで叶えられたわけじゃねぇ・・・」
そして口を噤んだ。
土方にはわかっていた。かっちゃんをはじめとした新撰組の隊士全員が士分を与えられたのは、その働きによるものだけではなかった。幕府や会津候に、否、将軍家に直接働きかけてくれたいま一人の親友の力があってのことだったのだと・・・。