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『ジムは強いの?』
市村は長躯のジムに走り寄ると開口一番尋ねた。原田の平手打ちが市村の後頭部にすかさずきまった。
『すまねぇ、ジム。こいつは馬鹿でな。こいつのいうこたいっさい受け流してくれや』
そして原田はみ上げて告げた。土方一行で一番長躯の原田よりジムは頭一つ分上背があった。
信江が運んできた湖畔の町の宿屋の昼食もまたうまい。それをわいわいがやがやとやかましく食すものだから、ジムは驚いたに違いない。
「ふふん、みたかおれの打撃を」「馬鹿いうな、新八っ!銀に捕球されちまったろ?うちの投手に力負けしてるじゃねぇか」「なんだと、左之っ」サンドイッチを頬張りながら怒鳴りあっている永倉と原田に土方の一喝が飛んだ。
「やかましいっ!飯くらい静かに喰えんのかっ?」
草を食んでいる、あるいは砂浜や水辺を歩いている馬たちの動きが止まった。
『おめぇらは関係ねぇっ!動けっ!盛大に動きやがれっ!』土方は眉間に皺を寄せ英語で懇願する。同時にその息子の指笛が鳴った。すると馬たちはそれぞれのつづきに戻った。
『昼からもう一勝負だっ!ジム、どうだ?おまえなら体格がいい。捕手に向いてるんじゃねぇか?』永倉の強引ともいえる誘いに大男は戸惑いの表情になった。
『野球はしたことがないのです』じつに弱弱しい声音だ。白人の虐待や差別に長年さらされてきた屈辱や忍耐がいまでも根強く残っている証拠だ。
『おれが教えよう。ついでに打撃も。愉しいぞ、ジム』
島田が片目を瞑ってしながらいうと、ジムは控えめに頷いた。
後の名捕手はこうして異国人たちから野球を学んだのだ。
「姐御、姐御もどうです?手取り足取り親切丁寧にお教えしますよ。いてぇっ!」
信江を誘った原田の後頭部に拳固が入った。
「左之っ、てめぇっおれの妻に鼻の下伸ばしてなにいってやがる?」
「左之さん、「鬼の花嫁」にちょっかいだすあたり、さすがは京女を誑し込んでただけありますよね?」「なにいってやがる総司?おれはただ野球をだな・・・」
「はいはいはい!みなさん、お静かに。そうですわね、相撲のように女人禁制ってわけではないですし。わたしも混ぜて頂きます」
信江の一言に漢どもが湧いた。
「なら昼からはおれと義兄上も参戦だ!ついでに壬生狼もな」
ジムは才能があった。本塁を鉄壁に護りきり、打てば必ずホームラン級にかっ飛ばした。当人もじつにのびのびと愉しそうに競技していた。
そして、信江がさらにすごかった。攻守ともにほとんどの漢より完璧だった。しかも大興奮で打っては投げ、そして護った。手ほどきしてやるはずの原田はいうまでもなく、夫、実兄、甥も含めて漢どもは完全にうちのめされた。
こうして湖畔での騒がしい一日が過ぎていった。