壮絶なる戦い(プレイ)
「新八っ容赦するなっ、かっ飛ばせ」
「厳周っ、新八っつあんの巨躯に剛速球をぶつけてやれっ!」
砂浜での野球は厳周のいったとおりかなり強烈だった。
投手の厳周対打撃手の永倉。この二人は剣術だけでなく息抜きであるはずの野球すら好敵手としてすさまじいまでの意気込みで勝負に挑んだ。
厳周が大きく振りかぶってきれいなフォームで球を投げると、永倉もまたきれいな打撃フォームで球をバットにあて見事にかっ飛ばす。
「走れ走れっ!」
すでに塁にでている俊足の藤堂がベースを駆け抜けてゆく。そして、かっ飛ばされたボールを追うのもまた俊足の田村だ。跳躍一番、しっかりと捕球し中継ぎに入った斎藤に投げて後事を託す。斎藤も肩は強い。五十間(約90m)近くある距離から捕手の島田めがけて思い切り球を投げた。
藤堂はすでに三塁ベースを蹴って本塁に向かっている。そして、斎藤の投げた球もまた島田の捕手ミットめがけてすさまじい勢いで飛んでゆく。
接近戦か?巨躯の捕手と小兵の走者の戦いを、だれもが息を呑んでみ護った。打った永倉ですら走る脚を止めて。
球が乾いた音ともに島田のミットにしっかり受け止められた。島田のごつい相貌に不敵な笑みが浮かんだ。同時に突っ込んでくる藤堂に巨躯ごと向き直った。このままだと藤堂は弾き飛ばされる。誰もがそう思った。
その瞬間、藤堂は跳躍した。その跳躍力はすさまじく、島田の長躯を軽く超えたほどだった。飛び越しそのまま本塁を狙う。が、島田はすでにそれをよんでいた。長躯と腕の長さをいかし、さらには柔軟さも活用し、巨躯をひねって本塁に覆いかぶさるような格好になった。藤堂が落下してくる位置へと球がおさまるミットを伸ばした。
巨躯と小兵が激突した。そしてしばしの沈黙・・・。全員が固唾を呑んだ。そして審判の判定を待った。
時間までも止まってしまっているかのような沈黙の後、『セーッフッ!セーフ!』ついに審判は神託を下された。
『くそっくそっくそっ!』監督の土方が走ってきた。
『畜生!フランク、どこに瞳をつけてやがる』『DHN(信江に地獄に落とされる)』単語を声高に罵り叫び、審判の判定にけちをつける大人気ない土方。そこへいま一人の監督である厳蕃が秀麗な相貌を冷笑で飾りながらやってきた。
『気にするなフランク、いい判定だ』
「みてくれた?おれの華麗なる宙の舞い」「うるせぇっ!馬鹿平助っ!なんでだ?」原田もまた興奮状態だ。
いまや全員が走り寄ってきていた。その判定を巡って殺気さえ起こっていた。これまでの戦いでもあらわれなかった殺気が、だ。
「あっ、母上がくる」そのとき幼子が叫んだ。森をやってくる母親の姿を木の枝からみつめている栗鼠の双眸をとおしてみつけたのだ。
じつに便利な感知能力であると全員が心底感じたのはいうまでもない。とくに父親はあれだけ神をも信江をも畏れず憚らず、罰当たりこの上ない言の葉を喚きつづけたのだ。息子にだれよりも感謝すべきだ。
ぴたりと静かになった湖畔に信江が現れた。昼食を運んできてくれたのだ。
『さぁ昼にしよう!きみもだ、ジム』
紳士土方は丁重に新しい仲間を誘ったのだった。