獣神による淘汰
『四頭の獣神はインディアンを不要だと結論したのですよ』
篝火を囲んでいた。幼子だけは大人たちより篝火から距離をおいたところで胡坐をかき、愛用のくないを磨いていた。
『なにゆえそう思う?』
呪術師が唐突にいいだした。いつもの豆の缶詰と信江が焼いて保存していた堅くなったパン、それに薄い珈琲の夕食後のことだ。
炎の向こうに座す呪術師に厳蕃が問うた。
『じつはわたしの祖父なのですよ』炎の向こうで呪術師の白い歯がみえた。
厳蕃がちらりと甥に視線を向けると甥も厳蕃をみていた。
『なんだって?』厳蕃はわざときき返した。よむことはしなかった。すでに推察していてその内容にうんざりし、よむ気になれなかったのだ。
『まだわたしが幼いころ、偉大なる呪術師の祖父はよくいっていました。亜米利加に四神が揃ったとき、大昔からの住人は滅ぶ、と』
上の兄神たちは権謀術数を駆使し、下の弟神たちは武力を駆使し、それぞれ人間を淘汰する。そのほとんどが戦へと結びつくのだ。それがてっとりばやくいっきにできるからだ。ほかの系統の異なる神々と違って天変地異などで消滅させるなどという安易な方法ではない。こつこつと時間をかけ、じっくりゆっくり消し去ってゆく。そして、その被害がおおきいのは、神が、つまりそれをうちに宿す依代のいる側なのだ。勝ち負けではない。どれだけ人間を多く消すか、なのだ。
『なるほど、つまりわたしとわたしの甥がその決定打というわけか。そうだな、それは間違いない。わたしの死んだ甥にいた蒼き龍は日の本で敵より味方を多く殺させたからな』
生きている甥にふたたび視線を向けた。眉間に皺を寄せ、無言の非難を叩きつけられると思っていたが、膝もとのくないに視線を落とし、せっせと磨きつづけている。
事実である。非難や否定をするつもりはいっさいないのだろう。
だが、欧州や清の国ではどうだったのか?敵味方ともに大量の人間を淘汰しただろう。かならずしも味方だけというものでもないのか?ようは多く殺せればいいのだ。
『いえ大精霊、われわれは責めているわけではありません。これは神、いえ大精霊の導き、仕方ありません・・・。ですが、多くの兄弟は素直に受け入れられないでいます。大精霊の導きより白人たちによる侵略、略奪という瞳でみ、耳朶できき、精神で感じたままでしか判断できないからです』
イスカは悲しげに鼻を鳴らすと相棒のワパシャをみた。
『だからわれわれは戦うのです。滅ぶとわかっていても。女子どもを護る為に、われわれ部族の、われわれの血を護る為に・・・』
ワパシャもまた悲しげに告げた。
『ちなみに、もう一神はワパシャの祖父、わたしの祖父の弟です』
『なんだと?二人は親類なのか?』厳蕃は頓狂な声音を発した。『伯父上、ずれすぎています。問題はそこではないでしょう?』くないに視線を落としたまま幼子が突っ込んだ。従兄である厳周のかわりに突っ込み役をしなければ、という義務感からに違いない。
政略結婚でないかぎり婚姻は部族内でおこなわれる。ゆえに部族内はみな家族兄弟のようなものなのだ。
『ところで、あなたのいう死んだ甥というのはこの子のことでしょう?まだ赤ん坊のときにはちいさな精神でしたし普通の赤ん坊とさほどかわらなかったので気がつきませんでしたが、いまではまったく類の異なるおおきな精神になっています。まるで別人だ』
『そうなのか?』ワパシャにはまったくわからぬらしい。呪術師を祖父にもっていてもその能力をすべての子や孫が受け継ぐわけではない。
『ですがすばらしい!この子自身が大精・・・』
『イスカッ!』厳蕃はさえぎった。大神のことを告げられるにはまだはやい。
『われわれにも事情があるのだ。どうか黙っていてほしい』
呪術師は白い歯をみせて笑った。
『仰せのままに』
厳蕃がまた甥に視線を向けると、いまは甥も厳蕃をみていた。こちらの精神と意識を探っているのが感じられた。
そのとき、甥ははっとして森の暗闇へと注意を向けた。
身内の気配だ。
(ああ神様、いい頃合いだ!)
厳蕃は系統の違う神とこちらに向かっている身内に感謝を述べずにはいられなかった。