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海賊ども襲撃す(パイレーツ アタック)

 気に入らない。なぜなら、われわれを前にして神の名を称えぬどころか丁重・・に迎え入れたからだ。

 そう、この連中はあきらかにわれわれがくることを知っていた。襲われることがわかっていたのだ。

 くそっファック!気に入らねぇ。嫌な予感しかしねぇ・・・。

「The rising sun(朝日)」号の参謀トムは心中で罰当たりな単語を繰り返し吐き捨てつづけていた。


 この船の欄干に熊手を引っ掛け、縄をよじ登ってきた。その際にこの船の名が「The lucky money(幸運の金)」号で、亜米利加アメリカ国籍であることを確認済みだ。まさしく商船。喜び勇んで乗り込んだものの、欄干を身軽に乗り越え、この船の甲板に降り立った一行がみたものは、奇妙な一団による歓迎だった。

『ようこそ、わが「The lucky money(幸運の金)」号へ』シャツに短パン姿の大男がいった。どこからどうみても水夫にしかみえないその大男は、諸手を挙げて歓迎してくれた。そして、その男はニックと名乗った。しかもこの船の持ち主だという。そして、トムとトム自身が選りすぐって連れてきた百戦錬磨の海賊どもが胡散臭く感じたのは、この船の持ち主だと名乗った大男が左右に侍らせている有色人種たちだ。清国人のようだ。一人を除いて小柄な体躯。全員が船主と同じようにシャツに短パン姿だ。だが、船主と違うのは、いずれも左側の腰に細長いソードのようなものを佩いていることだ。長剣サーベルか、片手剣レイピアか?さらに看過できぬのはそれらが発する得体のしれぬ気だ。その独特の凄みのあるそれは、あまたの戦場を戦い、生き残ってきた戦士ソルジャーのもの。いいや、きっとキャプテン・バロンなら戦士クリーガーというだろう。

『われわれはこの辺りの海域を守護する「キャプテン・バロン」の部下である。亜米利加の商船ならこの海域が安全ではないことを知っているだろう?われわれが無事に東側あちらに送り届けてやるからそれ相応の護衛料を渡すといい』

「こういうのが送り狼っていうのだな、うん」清国人らしい大男が、トムにはわからない言語でなにかいうと、それ以外の有色人種がいっせいに笑った。それはまるで、黄色い猿の群れのようだ。

『みんな、やめてくれ』船の持ち主がそれを窘めた。『おれにもわかるように英語でいってくれないか?』にやにやと笑っている。武装した十数名の襲撃者を前に、この奇妙なまでの落ち着き様はいったいなんだ?そう、まるで時間ときを稼いでいるような・・・。トムのうちで警鐘が鳴り響いている。甲板上に船主とその護衛のみ、というのも気に入らない。気に入らないことばかりだ。

「アイム・ソーリー、ミスター」大男が流暢な英語でいった。「アイ セイ ゼイ アー ライク ア ウルフ イン シープス クロッシング(彼らは羊の皮を被った狼だよ)」そして穏やかに笑った。柔和な相貌のわりには辛辣な表現だ。

『ほう、マタイ伝の一説だな』この船の持ち主がいった。指を顎にあて、感心している。

 この余裕のありすぎる様子も気に入らない。揶揄われているのか?やはり気になる。

『おいおい、なにしてる、スタブ?早いとこやっちまおうぜ』

 スタブとは「スタブシェフ」というドイツ語を縮めたもので、参謀の意がある。この参謀役の呼び名である。

 トムの後ろで控えている荒くれどもはすでに暴れる気はすでに満ちており、それぞれの得物をいつでも発砲できるよう、あるいは打ち振れるよう握りしめている。

 緊張を孕んだ気。そこには敵意、殺気、害意しかなく、友好的かつ妥協を含んだ流れは微塵もない。

「ウイ アー ノット ピープル オブ ザ コンチネンタル、ウイ アー サムライ(わたしたちは大陸の人間ではない。わたしたちは武士サムライだ)」

 このくそ暑いなか、体躯よりはるかに大きい上衣を肩に羽織った優男がいった。

 なに、コンチネンタル?サムライ?そういえば、ジパングという小さな小さな国には、黄金とサムライというのがたくさんある、といつかどこかで小耳に挟んだことがあった。よくある与太話か伝説の類かと思っていたが、実在しているのか?

「ソーリー、ジパング オールレディ ロースト ゴールド アンド サムライ(残念だが、日の本はすでに黄金もサムライもない)」不敵な笑みとともに告げる優男。

 文字通り開いた口がふさがらなくなってしまった。無論、日のジパングに黄金やサムライがない、ということに対してではなく、こちらが思っていることを読まれていることに対してだ。

 そのとき、一番小柄なおとこと眼が合った。そのおとこだけは他のおとこたちとは違っている。なにがどう違うのか、と問われれば返答に困るが、とにかくそのおとこだけ、なにも感じられないのだ。敵意や害意、恐怖感や緊迫感。それどころか存在感じたいがない。そう、視覚だけ認識しているだけで、このまま両の瞼を閉じてしまったらこのおとこだけはこの場にいることがわからなくなる。

 そして実際、瞼を閉じる間もないほどだった。強大な重圧に体躯も思考も完全に押し潰され、遮断された。

 気が付いたときには、自身のすぐ後ろではいくつもの呻き声がきこえていた。そして、自身の頸筋には掌が添えられている。おとこの掌にしては小さいが異常なまでに分厚い掌だ、とどうでもいいことが、いまは働く思考の隅で考えていた。

「プリーズ ドントムーブ サー」一番小さなおとこが、自身の胸元から見上げていた。頸筋に添えられた掌が、一瞬にして自身の頸を握りつぶすであろうことが容易に想像できる。相貌、背筋、大量に流れ落ちてゆく汗が暑さのせいでないこともまた容易に解せる。

 さして遠くないところからも小波に混じって悲鳴がきこえてきた。野太い幾つかのそれは、ここまで乗ってきた小型船で待機している仲間のものだ。それもまた容易にわかった。


「さすが柳生の活人剣だ、厳周」隻腕であることを上衣で隠し、一瞬にして十数名の異人・・たちの半数を峰打ちにした伊庭。それは、自身の流派を基に厳周や斎藤から居合を学んだ複合技だ。隻腕であるからこそ編み出せた技でもある。

「それにしても、魁さんの体術とは遣り合いたくないですね」乗り込んできた一行の親分格のおとこの頸を片方の掌で脅かしたまま、厳周は甲板の上でのびている侵入者たちを見回した。

「失礼なことをいうな、厳周。大分と力は抑えたのだ。だいたい、これを教えたのは誰だ、えっ?」のびた侵入者をせっせと一つどころに集めて回りながら返す島田。大きく分厚い両の掌が、失神した侵入者の襟首を掴んでは軽々と肩へ担ぎ上げてゆく。

 伊庭が笑いだした。体術の手ほどきをしたのは厳周なのだ。


「先生ーっ!」狙撃手スナイパーとして隠れ狙っていた田村が艦橋近くから叫んだ。箱館戦争時より、田村は伊庭のことをそう呼んでいる。 

 その田村が同じ役割の玉置と二人、欄干から身を乗り出して海上を指さしていた。

「丞兄さんとてっちゃん、うまくやったようですよ」玉置もまた叫んで報告した。

 補助要員の山崎と市村のことだ。二人は海上の小型船にこっそり忍び込み、そこで待機していた侵入者たちを捕らえたのだ。

「すごい!さすがはサムライだ」

 この船の持ち主がたどたどしい日の本の言葉で称讃した。隠れて様子をみていた乗組員たちがぞろぞろとでてき、それぞれの国の言葉で称讃を送る。


「副長たちはどうしてるかな?」

 島田が呟いた。だが、それは彼ら自身を案じて、というよりかは彼らに相対する者たちへの同情心からだった。 

 この日もまた快晴。陽は容赦なく甲板上の人間ひとの皮膚を等しく焼いてくれている。 

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