漢(おとこ)たちの欲求
湖畔の町は存外大きかった。とはいえ一行が想像していたものより、という意味だ。それでもここら辺りでは一番大きいらしく、東から西へと横断する駅馬車の駅もみ受けられた。
宿屋、酒場、各種商店に娼館もあった。
が、計六十頭以上の馬を連れ町に入ってそこで滞在する訳にもいかぬ。そこで幾人かは湖畔の森で馬と野営し、残りは町の宿屋に宿泊することになった。
スー族の二人が野営に名乗りを上げてくれた。なぜなら自身らは町に受け入れられないだろうから、と。小さな村か極端に大きな町ならさほど目立たなかったり、あるいはみてみぬふりをされるだろうが、中途半端な大きさの町や村であればインディアンは受け入れられずそれどころか嫌がらせの的になるだけだという。
差別は思った以上に深刻なのだ。
二人には申し訳ないが申しでに甘えることになった。
逆にスタンリーとフランクには町にいってもらうことにした。勝手のわからぬ土地である。亜米利加の民である二人にいてもらったほうが心強い。よくぞ同道してくれたものだ、とだれもがつくづく思い感謝した。
「あー、なんだ、副長・・・」
元祖「三馬鹿」が土方をみなよりすこし離れたところへ呼びだした。
永倉がいい澱んでいるのを土方は眉間に皺を寄せ辛抱強く待った。
「あと幾人野営することになる?」
「そうだな・・・。希望者がいれば話は別だが、イスカにワパシャ以外で三、四名もいればいいだろう。ああ「三馬鹿」、おめぇらが残ってくれるならちょうどいい数だな」
「ちょっとまってくれよ、副長」原田のだめだしに土方は眉間の皺をさらに濃くした。
「その、なんていうか・・・」藤堂が囁いた。
「いったいなんだってんだ、「三馬鹿」?」土方はついに怒鳴った。怒鳴ってからはっとし、背後をみた。木々の間で草を食んでいる騎馬たちの動きがぴたりと止まっていた。六十頭以上もの騎馬の動きが、である。
「あんたら親子、親子揃ってすげぇな」
永倉の心からの讃辞だ。
「そうでしょう、新八さん?わが意の通りに操る息子にいっさいの動きを奪う父親・・・。すごいとしか表現のしようもない」
「総司っ!やかましいっ」
近くの木の後ろから不意に現れたのはいわずとしれた沖田。さらに斎藤も現れた。無論、こちらは沖田の魔の舌から土方を護る為だ。
「頼むから草を喰ってくれ!おれに気を遣わんでくれ」
土方は騎馬たちにお願いした。全頭、土方をじっとみている。
指笛が鳴った。するとすべての騎馬が土方から注意を草へと戻した。
操れるほうの息子の指笛であることはいうまでもない。
「鈍いですね「豊玉宗匠」?っていうかなにゆえよまぬのです?」
「よむまでもなかろう、総司?この表情をみればわかるというもの」
沖田と斎藤の言でようやっと土方は合点がいった。
正直、自身は満たされていないわけではない為、ほかの漢どもの欲求のことなど考えもしなかった。そういう思いやりなどかけらもなかったわけだ。
「そうだったな・・・。わかった。おれたちが残ろう。おめぇらはいって愉しんでこい」
京にいた時分、土方自身もそうだが「三馬鹿」もよく島原へ通っていた。永倉などは贔屓にしていた芸妓の小常を身請けして妻にした。
「いいですよ、「豊玉宗匠」。おれと一さんが残ります。「豊玉宗匠」は兎も角、姐御には寝台で眠ってもらいたいですからね」
殊勝なことをいいだした沖田を土方は気味悪げにみた。
なにを企んでやがる?土方だけでなくその場にいる全員が疑った。そして勝手に居残りに指名された斎藤でさえ、自身が野営することよりも敬愛する土方に災難が降りかかるのでは、と警戒した。
「いや、わたしが残ろう。イスカとワパシャ、それにわたしと甥がいれば充分だ。申しておくが子猫ちゃんには拒絶された。『ホットチョコレートが偉大なる獣神を呼んでおる』などとふざけたことを申してな」
木陰からさらに柳生親子が現れた。父親の申しでにその息子が驚いていい添えた。
「父上、なればわたしも・・・」「いや、おぬしもたまには羽目をはずして参れ。剣士に禁欲などというのは愚か者だ」
「であれば義兄上も・・・」「いやいや、わたしは十二分に遊んできた。もうそんな年頃ではないのでな」
苦笑。それが真実でないことをやはりその場にいる全員がわかっていた。
スー族の二人と厳蕃、そして幼子を残し、一行は町へと向かった。