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こんがり焼けた肌とそろばん 

「焼けたなーっ!」「うん、焼けた焼けた」

「いいや、そりゃ赤くなってるだけだ。焼けるってのはおれみたいにこんがりしてるのをいうんだ」

「なにいってやがる?おめぇのはもともと地黒なだけだろうが?」

なんだとファッ・・・」

 永倉は金剛の鞍上で慌てて口唇を閉じた。金峰に跨った信江がいつの間にか背後にいたからだ。

 兄と同じく騎馬の気配まで消させるあたりはさすがである。

 信江は、陽に焼けたことを自慢をしあっているおとこたちに一瞥くれてから微笑んだ。

「健康的にみえますわ、皆さん。ですが、わたしはどうかしら?「女子おなごは色白であるべきだ」、と時代錯誤も甚だしい紳士ミスターがいらっしゃるものですから」

 女神の微笑が魔女のそれへと変化した。

 おとこたちは鞍上で凍りついた。

 今日もまたお天道様が頭上で燦燦と輝き、地上にいるすべてのものを容赦なく焼いてくれている。

 姐御にそんな無体で命知らずのことをいったのはだれか?兄貴か夫か?とだれもが考えずにはいられない。そして全員が同時にみた。馬車を御している姐御の兄貴が左の頬を掌でしきりに擦っているのを・・・。

 ああ、そうだな。これが夫だったら頬に平手打ち程度ではすまぬだろうな・・・。

「えぇそうですわ、皆さん?」

 その場にいるおとこたちが同様のことを考えているのをよんだ・・・美しき魔女の微笑。

 ぎらつく太陽もその暑さもいっきに吹き飛ばしてくれた。

 

 旅も日を重ね、いまのところは順調に進んでいた。要所要所に町か村があり、ときおり道筋を逸れて時間ときをかけることはあっても、飼い葉は騎馬たちを飢えさせぬだけ確保できた。

 とくに急ぐわけでも期限があるわけでもない。が、スー族の戦士たちは一刻もはやく帰りたいようだった。無論、そんなことをおくびにもださないが。それでも日の本からやってきた異国人全員がその逸る気持ちをよんで・・・いた。ゆえにできるだけ無駄な時間ときは過ごさぬよう旅をつづけた。

 単調だ。ほぼほぼなにもない。かわらぬ景色、ぎらつく太陽、夜は気温が落ち、土の上に毛布を敷いて横になる。

 それの繰り返しだ。

 幾つかの州を横切り、大小の河川を渡り湖を眺め、何十もの町や村を通過し、名もない森や林を抜けた。

 いまでは全員が乗馬に慣れ、尻の皮も剥けなくなっていた。

 旅をしながら鍛錬や流派の研究もつづけている。が、こうしてぼーっとしたり雑談したり、ということも多い。

 日焼け談議に花が咲いているその横で、相馬が若い方のヤング「三馬鹿」に計算を教えている。

「違うだろう、鉄っ!」「さきほど教えたばかりだろう、鉄っ!」と市村ばかりが叱られる声が響く。

 これだけ叱られても市村はへこたれない。もともと負けん気が強いので叱られれば余計に闘志を燃やす。が、いかんせん文は武ほど容易にはいかない。市村にとっては、だが。

「六頭っ!」市村は自信ありげに叫んだ。

 四十頭の騎馬を連れてゆく連れてゆかないの談議からもう何ヶ月も経つ。だが、いまだに一人頭何頭の騎馬を世話をするのか市村は計算できないでいた。

 相馬の大きな溜息に相棒の吾妻の鬣が揺れた。愛らしい表情かおをした牝馬の吾妻は、その愛らしい表情かおで「ひひん」と鳴いた。

「鉄、吾妻も笑ってるぞ。実際、おまえは何頭世話をしている?それが答えだろう?」

「だから六頭だって、主計兄っ!」さすがに市村は切れた。

「六頭?」土方が富士の鞍上で呟いた。信江をのぞき基本的には一人頭三頭を世話するよう決めたはずだ。残りは持ち回りで担当する。どれだけ多くても倍になるはずはない。

 そのとき、土方の視界の隅でなにかが動いた。視線を向けると天城が徐々に離れてゆくところだった。

 よむまでもない。土方は富士の鞍上で鐙を踏ん張り大音声を発した。

「総司っ!てめえっ鉄に馬の世話を押し付けやがったなっ!」

 六十頭以上の騎馬の歩みがぴたりと止まった。


 うららかな旅の時間ときが平穏に過ぎてゆく・・・。

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