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傷だらけの漢(おとこ)たちとお馬さんたちの処遇

「痛いっ!痛いよ、丞兄っ!」

 山崎に擦り傷の消毒をしてもらっている市村が声をかぎりに叫んだ。

 その隣では原田が信江にざっくり裂けた腕の傷を消毒してもらっている。が、こちらは悠然と構え、その端正な相貌には笑みさえ浮かんでいた。

男児おのこがこの位の傷でひーひー騒ぐなっ!」山崎はぴしっと叱りつつ傷口に「ロッドワックス」を少量塗った。それからそこを二本の指でしっぺした。

「ロッドワックス」とは、油田で働く労働者たちが使用していた塗り薬だ。石油から編みだされたその塗り薬は、ちょうどこの時期ころ化学者ロバート・チーズブローが純度の高いワックスを精製することに成功し、それがスキンケアに効果的であることがわかった。

そしてそれは現在いまでは「ワセリン」と呼ばれ世界的に有名になっている。

 まだ開発改良される前の「ロッドワックス」を山崎はニックから譲ってもらっていたのだ。現在いま、それは一行のなかで重要な持ち物アイテムの一つであることはいうまでもない。

「姐御、かわります」傷口をしっぺされてひーやらわーやら叫ぶ市村を横目に、山崎は信江にかわって原田の傷をあらためた。「これは縫わなきゃならないな」とさらっといってのける。

「おうっ、存分にやってくれや」

 原田は快活にいってからショットグラスを呷った。無論、そのなかみはテキーラだ。賊たちはその酒をしこたま保管していた。

「歯痛でひーひー叫んでいたおとことはとても思えないね」

うるせぇっジャスト・シャラップ野郎メンっ!」

 呟いた藤堂の頬に平手打ちが飛んだのを、藤堂は小振りで「今若」がごとき相貌を退いて躱した。

「だからいったろう?あれとこれとは痛さが違うってな」

「動くな、左之っ!おとなしく、それから静かにしててくれ」

 山崎先生ドクター・ヤマサキの叱咤に原田も藤堂もいっせいに口を噤んだのだった。

「まったくもう・・・。怪我人の宝庫ですね」

 順番待ちしているおとこたちを、腰に手をあてじっくりみまわしてから信江が呆れたように呟いた。

あなたの仕業でしょうジャスト・ユア・ドゥーイング!」

 怪我人たちがいっせいに突っ込んだ。

ええっオウッわたしのせいマイ・フォルト信じられないわアンビリーバブル!」

 信江が両の掌を口にあてて大袈裟に驚くと、怪我人たちはいっせいに笑いだした。そして「いたた」と表情かおを歪めるのだった。


 白い頭の鷲さんの双眸を通してこれからゆく道程ルートをみた幼子は、それを父親や伯父従兄、四人の亜米利加アメリカ人、そして相馬と島田に報告した。

 父親の秀麗な相貌にも擦り傷ができている。そしてその辺りは「ロッドワックス」でてかてかしていた。シャツの袖をまくった腕にも同様に傷ができてそこもてかてか光っていた。

「なるほど。春になっていてよかった、というところでしょうね」

 指先で顎をさすりつつ相馬が呟いた。その指もワックスで光を帯びている。それから立ち上がると丸卓テーブルの上に広げられた手作りの地図に傷だらけの指を這わせた。

『イスカ、ワパシャ、あなたたちの意見もききたい。スー族では騎馬を必要とするか?連れてゆく問題リスク、連れてゆかない問題ロス、坊のいう旅程の途上でのわずかな草地だけで六十頭以上の騎馬を飢えさせずにすむか、なども含めて』

 相馬はスー族の戦士たちに意見を仰いだ。相馬のいいところだ。わからないところはわからない、どうしていいかわからないところはどうすればいいか、率直に周囲や経験者に尋ね意見や教えを乞えるだけの素直さがある。

『正直、騎馬は必要です。しかも元軍馬ばかり。これまでの白人との戦いで部族が失った馬の数はすくなくないはず。ありがたいことにこちらにはそれらと意思疎通ができる大精霊ワカンタンカがいます。こればかりはわれわれ呪術師シャーマンでも難しいですから』

 イスカにつづいてワパシャも同意した。

『軍馬はある程度食べなくても耐えられるよう訓練をされている。いざというときには遠回りしてでも草地を探して寄るようにすればいい。人間ひとと同じでメディスン・ドッグもわれわれと同じ道グッド・レッド・ロードを歩むべき存在』

 相馬は椅子に座らず立ったまま報告をした幼子に近寄るとその小さな頭を撫でた。すでに相馬の決断をよんだ・・・幼子はにっこり笑って相馬をみ上げた。

「師匠、それから壬生狼・・・」いつの間にか白き巨狼が丸卓テーブルの下で丸くなって眠っていた。

「馬たちとの接触スキンシップするのをお願いできますか?坊、きみもいいね?」

無論だシュア」『ホットチョコレートで手をうってやるぞ、若いの?』「主計兄、ありがとうっ」

 幼子は相馬の脚に抱きついた。

「副長」相馬は椅子に座してその様子をみている土方に意見を求めた。

「この件に関しちゃ主計、おめぇが責任をもて。おれはそれに従う」そしてにやりと笑って立ち上がり、颯爽とその場を立ち去った。柳生親子と島田がつづく。

「さぁっ一人頭何頭世話をするか、それを鉄に計算させるところからはじめるか」

 相馬が笑いながら幼子にいうと、幼子もさらなる笑みでその可愛らしい相貌を明るくしたのだった。


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