大団円と世話する馬の頭数
若い保安官補が情報を漏らしていたことにはささやかな衝撃を与えはしたが盗賊どもを一網打尽にしたということのほうが重要かつ喜ばしいことのようだった。
保安官をはじめ町の人々は大喜びした。だが、かような盗賊集団は一つや二つではないらしく、ほかの町や村、駅馬車の走行路にはまだまだ多くの集団が爪牙を磨いで獲物を待ち構えているという。
「白人から土地や獲物など奪われた違う部族が襲うことがあります。スー族でも、いよいよ喰うに困ったときは、ほかから奪うしかないでしょう」
スー族の戦士イスカが悲しげにいったのが印象的だ。
懸賞金がでるまでに時間がかかるという。
『いいや、待ってはいられない。保安官、おれたちは大陸を横断して西の桑港に行かねばならない。どうだい、賊が奪った金品に武器弾薬、今回われわれに支給されて使用しなかった武器弾薬と馬車それとそれを曳く馬でその肩代わりということで?懸賞金が届き次第、被害者にできるだけほしょうしてもらっちゃあ?充分おつりがでるはずだろう?』
銃者のフランクが交渉にあたった。後で足跡を辿られぬよう行き先は別のところをわざと伝えた。もっともこれだけ目立つ一行だ。偽装など時間稼ぎにもならぬだろうが。
懸賞金がどこから届くか、そもそも届くかどうかもわからないということ、下手に足止めされる時間の無駄、万が一にも今回のことを嗅ぎつけた盗賊の仲間たちからの報復やなんらかの影響、これらのことを考慮するとさっさとこの町からおさらばしたほうが無難だと判断したのだ。
すべてが曖昧なことが幸運だった。
保安官はその提案に了承した。懸賞金がでたとしたら被害者に補償されるということはまずない。被害者がどこにいるのかもいまとなってはわからないからだ。せいぜい今回の分位だろう。
保安官の懐に入るかあるいはこの町に落ちるかでほぼ間違いない。
とはいえ、賊の隠れ家には奪った獲物が予想以上に隠されていた。武器弾薬も支給された分と合わせれば相当な数に及んだ。
これからの戦に充分とまでは程遠いがわずかでも役に立ってくれるだろう。
土方たちは一旦賊の隠れ家に移った。そこでそれらの整理をすることにしたのだ。
四十名の賊が寝起きしていたほどの隠れ家は、打ち捨てられた農場の家屋を彼らなりに修復していて夜露を凌ぐのに問題はなさそうだった。そしてなにより井戸がある。しばし滞在するには不自由ないだろう。
それに関連する問題が持ち上がったことも移った理由の一つだ。
数えたら四十頭いた。すべて元軍馬だ。ほとんどがまだ若駒で現役で活躍できる状態だ。
全頭ともにゆきたがった。厳密には幼子についてゆきたがった。
「それは厳しいな、坊」
玄関を入るとそこはすぐ居間だ。全員で屋内を掃除し、このときもやはり玄関先で乗馬用の長靴を脱いでうちに入るようにした。
木製の椅子の数も四十名では足りずともその半数はある。ところどころ小刀で切り裂かれたような長椅子も二つあったので、全員がどちらかに座ることができた。
渋い表情でいったのは相馬だ。
幼子が町からついてきた賊の騎馬たちと話し合い、その結果を伝えたのだ。
二頭立ての馬車を二台町で準備してもらった。それを曳くのに計四頭連れてきたつもりが、賊の騎馬だったほかの馬たちも町からついてきてしまったのだ。再三、幼子が説得はした。が、幼子の弁に熱はこもっていない。なぜなら連れてゆきたい気持ちがあるからだ。ゆえに説得しきれるわけもない、というわけだ。
「世話は?われわれの騎馬も合わせれば人間の数の何倍になる?鉄、何倍になる?」
相馬先生の突然の問いに、市村は指を折り頚を右に左に傾け、瞳をあらぬ方向に泳がせた。沈黙が居間に落ちた。
「・・・」市村はついに両肩を竦めた。途端に相馬の眉間に土方ばりの濃く深い皺が刻まれた。
「やっぱお馬鹿だよな、鉄?四倍だろうが・・・」
とくとくとした表情で回答した藤堂の両頬が左右に座す永倉と原田によって張られた。
「名前は?四十の山の名前なんて覚えられない・・・」沖田が椅子の背にもたれ後ろ脚だけで水平を保ちつつのんびしした口調でいいかけた刹那、土方の強烈な視線による「土方の三段突き」となって沖田を襲った。
「数字だと味気ないよな?一郎、二郎とか?」つぎの挑戦者は原田だ。
『トントントン』土方が卓の上で指先を叩く音だけが響く。
「そういう問題ではありませぬ。飼葉の問題だってあります。この先草が生えているところのほうがすくないでしょう。運ぶにも限度がある。飢えさせるわけにはいかない」
椅子から立ち上がって力説する相馬。
「主計兄、イスカとワパシャからスー族のいる場所をきいて朱雀に頼んでそれまでの様子をみてもらったどうかな?」
玉置の提案に土方も含めた全員がおおっとなった。
「できるか、坊?」相馬の問いに幼子は小さな頭部を左右に振った。「朱雀にはスー族の居場所がわからないから無理だよ。でも白い鷲さんに頼んでみる」
ぱっと相貌を明るくして告げる幼子をみ、大人たちの相貌も明るくなった。
「では早速頼む。それまで馬たちはおれたちで世話をする。副長、いいですか?」
相馬の問いに土方は無言で頷いた。
自身の後継者を鍛えるちょうどいい機会だと思いつつ。




