連携と制圧
小さな餓鬼を抱いた漢だ。テンガロンハットを目深に被っているので相貌はよくわからない。そして餓鬼も一丁前にテンガロンハットを被っていた。餓鬼用のそれは、この餓鬼にはまだ大きすぎるようで餓鬼の頭部をすっぽり包み込んでいた。
『なんの用だ?ここがなにかわかってるのか?』
口論ですっかり気が立っている留守番の一人が凄んでみせた。いま一人の留守番も近寄ってきた。賊二人のほうが背も横幅もはるかに高く太い。
『どうも迷ってしまったようで・・・。家があったので道をきこうかと・・・』漢はテンガロンハットの下で呟いた。
『おいっ、そいつは…』奥で町の裏切り者が椅子から立ち上がりつつ怒鳴った。
注意を喚起するには遅すぎた。
扉の陰から伸びた掌が留守番の一人の無精髭に覆われた顎を握られそのまま木の床に背から叩き付けられた。いま一人はそれをみる暇もなく、さきほどまで餓鬼を抱いていたはずの漢に鳩尾を殴られた。その場にがっくりと膝から落ちてゆく。
そして、ついさきほどまで漢に抱かれていたはずの餓鬼は、部屋の奥で椅子から腰を浮かせた町の裏切り者の首根っこを木製の丸卓に押さえつけていた。
瞬きする間、とはまさしくこのことであろう。
留守番の二人は床の上で完全に気絶びている。そして、町の裏切り者は、意識を保ったまま相貌を丸卓に押し付けられて呼吸もままならなかった。呻き声が口唇から漏れてゆく。まだ若いその町の裏切り者は、心底震えあがった。
餓鬼の膂力は尋常ではない。殺されるかもしれない、と最悪の状況を思い浮かべながらさらに戦慄した。
『父上とわれわれの神は慈悲深い』餓鬼がその耳朶に囁いた。『生命が助かることをあなた自身の父上とあなたの神に祈りなさい、保安官補』
それに応じることはできなかった。口唇が完全に木製の丸卓で塞がれているからだ。
失禁しなかったことだけが慰めだ。やはり悪いことはすべきでない。母さんがいつもいっていたことだ。
まだ年若い保安官補は涙と涎でぐちょぐちょになりながら、故郷にいる母親に謝罪の言を繰り返していた。
斎藤は自身の割り当てられた任務をそつなくこなしてからその動きをかろうじて感じることができ、あらためて驚かざるをえなかった。
まさしく京で副長の采配のもとおこなっていた任務と同じではないか・・・。
「土方二刀」として暗躍していた時分と・・・。
いかに戦闘能力が高く、あらゆる感覚に勝れているといえど、はじめて組んだ相手とこれほどしっくりと連携できるものなのか・・・。
「土方二刀」の一振りだ。まさしく死んだ坊そのものではないか・・・。
副長がわれわれを同道させた気持ちがよくわかった。自身ですらこれを望んでいたのかもしれぬ。否、渇望していたのだろう、実際のところは・・・。
斎藤は相貌を一度、二度と左右に振った。それから自身には大きすぎるテンガロンハットの紐を結び直した。それによってすこしは気持ちを醒まさねばならぬ。土方をみた。やはり同じようなことを考えているようだ。
死んだ坊を息子にみている。いいや、みようと、あるいはこじつけようとしている。
もっとも、それは斎藤自身にもいえることなのだ。思わず苦笑してしまった。
「副長、大丈夫ですか?」
それからついさきほど賊を叩きのめしたばかりの掌を伸ばすとそっと土方の肩にそれを置いた。
土方はぴくりと反応した。はっとした表情を斎藤に向ける。
「あ、ああ、大丈夫だ。三人に縄をかけよう。ああ、違うな。縄で縛って馬に乗せよう。さっさと引き揚げよう」
「承知」斎藤が指示通りに動こうとすると「斎藤」と呼ばれた。
「あ、いやいい。すまねぇ・・・」土方は斎藤から視線を逸らしつつ言を濁したが、斎藤はすでによんでいた。
土方がいいたかったことを、斎藤にはよくわかっていた。