情報源(ソース)と遺伝子元(ソース)
「留守番に二人を残して四十名程度が西に向かっています。ほとんどがライフル銃をもっています」
つづいての報告だ。西、つまりこちらに向かっているということだ。
貸切馬車が通過する、という偽情報を山崎と島田が流しておいたのだ。それにまんまとひっかかったわけであるが、賊の何者かが町に出入りした形跡はない。それどころか町に近づこうものなら幼子と白き巨狼、そして厳蕃と朱雀に察知されてしまう。
賊に情報を流している情報元が町にいるということだ。
「父上、朱雀を戻していいですか?何名かが気がついています。発砲するはずですから」
馬車の窓に息子の相貌があらわれた。疾走する馬車の屋根の上から腹這いになって覗き込んできた息子に、土方は一つ頷いてみせた。
「すぐに戻るようお願いしろ。ついでに警護の用心棒たちに騎馬を寄せるよう合図を送ってくれ」
「承知」
息子の相貌が消えた。
「やはり内通者がおるようですな」
島田は自身の左太腿に立てかけていたライフル銃を大きな掌に取ると、すばやく再点検をはじめた。
巨躯のわりには細かい作業や動作が苦にならず、生来の性質もあいまって人並み以上の成果を確実に上げる島田だ。射撃もその一つで、相棒の山崎や田村など目立つことはなくともその腕前は一行の中でも上位に位置するだろう。そして、その手入れや組み立てはさらにすばやく完璧で、射撃手のフランクをも唸らせる技術と迅速さをもっている。
その横で厳周がくすりと笑った。
「んっ?厳周、義兄上のあいつに対する評価ではないが、おぬしまで性悪の甥になるつもりか?わかっているのだろう?」
その笑みに土方が眉間に皺を寄せた。が、口許は綻んでいる。
「叔父上、それは無体な。なればあなたの横には性悪の義兄上が座していますし、この上には性悪の息子、さらにはわれらの帰還を町で心待ちしているのは愛する性悪の妻、ということになりますよ」
厳周の父親似の秀麗な相貌にさらににやにや笑いがひろがった。
そして、土方の眉間にはさらに濃く深い皺が・・・。
「義兄上、義姉上はどういう方だったのでしょう?いえ、良妻賢母なのは承知しています、容姿はどうです?」
「なんだと?」厳蕃はめずらしく気色ばんだ。
「なにゆえいまこの機でその質問なのだ?賊退治、あるいはいま話している内通者とわたしの家内とどういう繋がりがあると申すのだ?」
「なにも。なに一つ繋がりも共通点もありませぬ。厳周と義兄上をみていたら真に似ているな、と。もっとも性質はすこし違うようですが・・・」
柳生親子は即座によんだ。土方は自身と信江、二人の子のことを考えている。具体的には容貌も性質も自身ら父母には似ていない子のことを・・・。
そして、土方もまた自身の心中を|よまれたことを察した。
「義兄上や厳周はどういう女子が好みなのか、と」まるでとってつけたように核心をはぐらかした。
意識の最下層で「この話題には深入りするな」と示し合わせる柳生親子。それに合わせ、微妙な空気を|よんだ島田がそうとは気がつかぬ振りで話題をもとに戻そうと再度同じことを尋ねた。
(よくやった、魁)(さすがです、魁兄さん)
二人の讃辞のこもった視線がさりげなく島田に向けられた。
「そうだったな。でっだれなのです、義兄上?」
「逆に尋ねよう、義弟よ。だれだと思う?」
「ははっ、その問いだとほとんど答えに近いのではないですか?あるいは大きな手懸かりってところでしょうか?」
厳周が苦笑しながら父親にいっているのをききながら、土方は合点がいった。
そう、自身らが接触した町の人間はそう多くない。
だとするとこの偽装も連中にばれているということだ。そして、連中はそうとわかっていてやってくるわけだ。
「お呼びか、保安官補?」
馬車に並走しつつ声を掛けてきたのは、用心棒役の元祖「三馬鹿」に沖田、斎藤、そして伊庭である。騎馬を馬車の左右に並走させている、
「ああ、よくきいてくれ」土方は窓の外にみえる仲間たちに怒鳴った。
「連中がやってくる。計画がばれてる。が、作戦に変更はねぇ。ぬかるなよ」
「承知」
さして動じることもない。六名は了承するとそれぞれが騎馬を馬車から離していった。