揺るがぬ方針と射手(いて)
野村が中心となって襲撃されてぼろぼろになった馬車の修復がおこなわれた。力仕事は元祖「三馬鹿」と沖田や斎藤がおこない、細かい作業は野村や相馬、島田や田村、柳生親子といった手先の器用な者が行う。 ほどなくして完璧ではないが四頭立てで走れるだけのものには仕上がった。
その後、射撃と弓の練習をおこなった。
今回はできるだけ腰の得物は使わず、遠隔でできるだけ賊を戦意喪失させることとなった。
土方はこれから遭遇するであろう亜米利加の騎兵隊との戦闘を意識しているのだ。
『馬で走ってくる相手を殺さずに傷つけるだけにする?そりゃぁ難しいぞ』
亜米利加の民である四人は同時に同じことをいった。すくなくとも同じような意味の単語が発せられた。
『賞金首は生死は問わん。殺しても罪には問われないしちゃんと賞金も貰える。なにもそんな手間のかかる方法で捕まえなくとも・・・』
『それにトシは保安官補だ。その時点でなにをしようがどんなことになろうが正義はこちら、悪は向こうってことになる』
フランク、そしてスタンリーはそれぞれの愛用の銃を手入れしながらいった。
すでにこちらが勝つことがわかっている口調だ。そして、そういいながらもいっても無駄だな、とどこか諦念している感もあるような様子た。
『わかっている。だが、たとえ盗人だろうと人殺しだろうと、こちらも同じことをするかぎりはどちらが正義でどちらが悪ってのはねぇ。どちらも同じ級になる』
『わかったわかった、トシ。おれたちもできるだけトシの意思を尊重する。だが、相手はでくの棒じゃない。悪意に満ちた人間だ。完璧に意思に添えるとは約束しかねるぞ』
『違う違うトシ、フランクは自信がないんだ。腕とか脚とかを撃ちぬく自信がな』
『なんだとスタンリー、「畜生めっ」!」
フランクは『ファック』という「DHN(信江に地獄に落とされる)」単語のかわりに日の本の言の葉で悪態をついた。
これには周囲で作業をしていた日の本の漢たちを驚かせ、その後に笑わせた。
そして、地獄に落とすはずの信江もまた苦笑を禁じえなかった。
異国人もまた異国語を覚えるのに汚い言の葉から脳裏に濃く刻まれるところは、日の本の人と同じなのだ。
『だめだ、もっと脇を締めろ』
『銃床にそこまで頬をつける必要はない』
『照星ばかりに頼るな』
『馬上の揺れ、風の強さも考慮しろ』
とはいえフランクとスタンリーの銃の指導、そしてスー族の二人による弓の指導、ともに熱が入っている。
藤堂と若い方の「三馬鹿」は曲乗りを交えての射撃の練習に余念がない。
そして、幼子は・・・。
背に空き缶をくくりつけられた白き巨狼が全速力で幼子とは反対の方角へと駆けてゆく。
そのすぐ上を朱雀が低空飛行している。
幼子は左半身をまえにし、両の瞼を閉じたまま矢を番えた弓をゆっくり引き絞っていった。
息をゆっくり吐きだす。
朱雀の双眸は白き巨狼の背にある空き缶をしっかり捉えている。
わずかに息を吸い込みゆっくりと吐きだす。
弓弦から矢が離れ空気を引き裂いた。
数秒の後、幼子は朱雀の双眸を通して放った矢が空き缶に命中したのをみることができた。
瞼を開けると馬たちのいる柵へ双眸を向けた。
父親と若い方の「三馬鹿」が驚愕の表情でこちらをみていた。
そう、父親も若い方の「三馬鹿」もそこに幼子でなく死んだ坊の姿をみたのだ。
心中をよまずともその表情がありありと語ってくれていた。
『虐待だ。動物虐待、育ての親虐待、神様虐待、うちなるものの親虐待っ!保安官補に訴えてやるぞ』
白き巨狼が戻ってきて文句をいった。空き缶は一本の矢に貫かれている。その鏃は、空き缶の両方を貫き先端がすこしでていた。風力、白き巨狼の走る速度、あらゆることを計算に入れ、勢いあまって白き巨狼の頭部を傷つけぬ為そこで止まるように力を加減して矢を放ったのだ。
「父さん、傷つけていないよ」
幼子はいわれのない誹謗中傷とばかりに眉間に皺を寄せた。その間も父親と子どもらをみている。そして向こうもこちらをみたままだ。
『精神的虐待というやつだ。精神的圧迫でどうにかなりそうだ。やはり訴えてやる』
いうなり白き巨狼は駆けだした。その背に矢の突き刺さった空き缶を戴いたまま。
『きいてくれ、わが主よ』
白き巨狼の哀れっぽい思念が両者の睨み合いを打ち破ってくれた。育ての親の機転に幼子は苦笑しつつ背を向けた。
父親と若い仲間たちに・・・。