保安官補と二つ名
保安官は土方らの申し出に半信半疑ではあったものの「失敗しても仕方がない、成功すれば儲けもの」とばかりに土方を臨時の保安官補に任命し、できうるかぎりの協力と物資の提供を約束してくれた。
「へー、保安官補だって。「鬼の保安官補」?なんだかしっくりこないなぁ」
宿屋では充分な空間がない為、みなで打ち合わせたり雑談するには宿屋の裏の空き地でするしかなかった。
柵に背を預けてあいかわらず土方を貶める沖田に、土方至上主義派の非難の眼差しが飛んだ。
「おお怖っ!」沖田は両の腕で自身を抱き締め怖がってみせた。その沖田の髪を柵内から相棒の二枚目の天城がハムハム噛んでいる。
「総司兄が天城に食べられてる」「いや、ありゃ喰われてるんじゃねぇ、天城の愛情表現だ、銀」田村の言を訂正し、原田はくくくっと笑った。
「うーん、鬼よか悪魔のほうがかっこよくねぇか?「悪魔の保安官補」みたいな?」そういったのは藤堂だ。「幽霊の保安官補ってのはどうかな?」つづいて伊庭、「いやいや、化け物の保安官補のほうがらしいだろう?」さらに永倉がいい募った。
「総司っ!てめぇっ、くだらねぇことばっかいってんじゃねぇっ!」
宿屋の裏口から現れた土方の大音声が響き渡った。
柵内の馬たちの動きがぴたりと止まった。
「いちいちおれの声に止まるんじゃねぇっ!動けっ、頼むから動いてくれっ」土方は馬たちに懇願した。「銃声に動じないのになんでおれの声に反応しやがる?」
軍馬たちは銃声に動じないよう調教されている。野生馬に関しては幼子が説明し、それをきかせて慣れさせた。
「失礼ですね、まったく。おれは「鬼の保安官補」はしっくりこない、といっただけですよ。でっ、どれにします、保安官補?」
「まだあるよ、保安官補?「野獣の保安官・・・」」最後までいいきらないところで藤堂の後頭部に平手打ちが飛んだ。
「それは禁句だ」永倉が含み笑いをしながら告げる横で原田と沖田が腹を抱えて笑っている。
「やめないか。二つ名などどうでもいいであろう。それに、なにゆえ負の存在ばかりで表現するのだ?」
さすがは土方の二刀の一振り。斎藤が「鬼神丸」の切っ先のごとく鋭く問うと、その場にいる全員が驚いた表情になった。
「えっ、なにそれ?「神の保安官補」?」「「神の保安官補?」「「天使の保安官補」?」「「精霊の保安官補」?」
沖田につづいて若い方の「三馬鹿」が挙げてゆく。
いまや土方とその懐刀、そして山崎以外腹がよじれるほど笑っていた。
「油を売っている場合ではないぞ」保安官補の義兄と甥もやってきた。ほとんどの者が地に座り込んだり倒れこんだりして笑っているのをみ、柳生親子は呆れるというよりかは逆に余裕を感じ取ったようだ。
「なにも無理矢理作らなくともよいではないか。二つ名というのは周囲から自然に呼ばれるようになるものだ」
厳蕃は自身でそういってからあらためて義理の弟をみた。
「その容貌や性質、所作からさほど鬼のようには感じられぬが・・・。わたしの印象はどうしても野・・・」「義兄上っ!」義理の兄の後頭部に平手打ちを入れるようなことはさすがにしなかったものの、土方に「鬼の一喝」を叩きつけられ、厳蕃は「すまなかった、つい・・・」としゅんとした。
「父上、ずれすぎていますし呆けすぎています」厳周の突っ込みにだれかがまた笑いだした。
土方ですら笑った。笑うしかなかったのだ。
「捕縛だ。殺さずの方針に変更はねぇ。捕縛は新撰組の本業だ。ぬかるなよ」
「承知!」
全員が姿勢を正して了承したところで、物見が帰還した。
「鬼の保安官補」の息子が朱雀と白き巨狼、島田と相馬とでつぶさに観察しての帰還であった。