命に背く危険(リスク)とは
「ふーん、四十名弱なんだー」
柵に背を預け、沖田が呟いた。
「なんだそりゃ?ずいぶんと残念そうだな、総司?」
藤堂がにやにや笑いで尋ねると、その隣で斎藤が鼻を一つ鳴らした。
「一人頭二人ずつって計算してるだろう、総司?ああ、はやい者勝ちって手もあるわな?」
「ああ、此度は銃者のほうが活躍できるだろう?ばんばんばんっ!スタンリー、フランク、ワパシャにイスカ、それにうちの丞に主計や銀といった射撃上手らに下手すりゃ全部もってかれちまうぜ」
永倉に原田がつづいた。
「物騒な話で盛り上がってますね。わたしも混ぜてくださいよ」
「わたしもわたしも」
伊庭と厳周も寄ってきた。
強盗団の問題は深刻だ。襲うのはなにも駅馬車だけではない。周囲の町や村をも襲うのだ。そして、それを取り締まる法はあってもそれを行使できる者がいない。懸賞金をかけてもならず者の集団をやっつけられる正義漢もいないというのが現実だ。
軍の出動を要請してはいるらしいが、管轄違いに加え軍もインディアンの紛争などでそれどころではないらしい。
泣き寝入り、もしくはみてみぬ振りをするしかないのだ。
情報集めに山崎と島田、フランクとスタンリーが駆け回っている。
土方と厳蕃、相馬はスー族の戦士たちをまじえ作戦を練ってゆく。
幼子は空の勇者と交信中。
自然、実行部隊たちは暇を持て余している、という状況だ。
「それにしてもその位の数で師匠と坊は物見だけでよく戻ってきたよな」
「平助兄のいうとおり。あの二人で夜でしょう?その位の数だったら瞬殺ですよね、きっと」
「瞬殺ってなんですか、利三郎兄?」「はあ、そこか鉄?」野村は呆れたように嘆息すると「一瞬で殺すことだ」と語彙の意味を教えてやった。
「おいおいやめないか、おまえたち」永倉が声音を潜めて注意を促した。
「命をなんだと思ってる?いまにはじまったことじゃないだろう?副長から与えられた命は物見だ。暗殺でも掃討でもない。様子をうかがって相手が少数だからってあるいはどうにかなりそうだからって、命を違えていいもんじゃねぇ。命は絶対だ」
「命を違えそれぞれが勝手な行動をとることで得る危険はおおきい。自身だけでなく仲間にまで影響を及ぼすのだ」
「ほう、いまの斎藤のはいつものことだが、新八、おめぇが正論唱えてるのをきいておれは心底感動しちまったぜ」
その声で全員がぎょっとした。宿屋からいつの間にか土方らがやってきていたのだ。
「ひどいな、副長。おれだっていつもただがむしゃらに突っ込むだけじゃねぇ」
「すまんすまん。つい、な」土方が不貞腐れた永倉の肩をぽんと叩くと全員が笑った。
「新八の申すとおりだ。そして、そこにはさらなる危険を伴う」
かぎりなく声量を落として告げた厳蕃を全員がはっとしてみつめた。
いったいどういう危険なのか・・・。緊張が走る。
「みつけたっ!みつけたよっ!朱雀が隠れ家をみつけたよっ!」
その機で宿屋の屋根の上で新撰組の翼ある隊士と交信していた幼子が叫んだ。
「なるほど・・・」その実の父親が合点がいったように一つ頷いた。
全員が同時に理解した。
命を違えることによって得る最大の危険・・・。
それは信江による「お尻ぺんぺん」の刑・・・。
そして、それはまだ全員の記憶に新しい・・・。