殺し屋の感覚(ヴィジョン)
「坊っ、なに?なにかあるのか?」
若い方の「三馬鹿」が幼子に駆け寄った。市村は問いつつ幼子がみているのと同じ方を向いて瞳を凝らすも夜の帳だけでなにもみえぬし感じることもできない。
「坊っ、なにかを感じるのだな?」厳周も近寄った。その後ろから厳蕃と白き巨狼もゆっくりと歩み寄ってくる。
「血の臭い、それに悲鳴・・・。いろんな気を感じる・・・」
幼子が呟いた。白き巨狼が高っ鼻で臭気を感じようとするもなにも感じられない。
狼ですら感じられないものを幼子は感じている。
「なにそれ、うちなるものの力?」田村が驚いて叫んだ。
「馬車が走ってくる。血の臭いが近づいてくる・・・」
厳蕃は心のうちで舌打ちした。これはうちなるものの力などではない。性悪の甥、つまり死んだ甥の感覚だ。まず間違いない。
「厳周、保安官の事務所があったはずだ。知らせてこい。鉄、副長に知らせてきてくれ。ほかのみなは起こすなよ」
性悪だが厳蕃は甥の感覚を疑わぬ。息子と市村に迷わず指示した。
駅馬車がよたよたと小さな町に到着したのは、それからゆうに半時(一時間)は経った後であった。
厳周が保安官を叩き起こしてきた。小さな町とはいえ駅馬車の通過点ともあって連邦保安官と保安官補が配置されていた。
『ああ、それは賊が駅馬車を襲撃したに違いない。最近とみに多くてね。こちらは二人だ、どうにもできやしない。そのうち、懸賞金目当てに銃者が寄ってくれるだろうと期待しているが、連中は南北戦争に従軍していた兵士崩ればかりでね』
その年老いた保安官は叩き起こされて迷惑そうだった。保安官補はまだ若く、こちらはまだすこしはやる気があるようだ。
『保安官、乗客のほとんどが怪我しています。馭者は瀕死の状態です。医師一人では手が回りそうにありません』
保安官補の報告に保安官は眉を顰めた。この夜の被害は尋常ではない。この夜は寝台に戻れないとわかると保安官はさらに機嫌が悪くなった。
「鉄、山崎と島田、相馬、それと信江も起こしてきてくれ」
土方が指示で市村はまた宿屋に走っていった。
『懸賞金?その賊にどの位かかってるんです?』
不意に永倉の声がきこえた。
「おいっ「三馬鹿」っ!呼んでもねぇのになんでいやがる?」
土方が保安官より眉を顰めて故国の言の葉で怒鳴った。
「ひでぇな、副長。おれたちはもともと悪を懲らしめる正義の集団「新撰組」だ。京での感覚が戻ってきたってわけ」
「いいや、違うな平助?「新撰組」に関しては間違いないが、「三馬鹿」にかぎっては問題を起こす者ここにありき、じゃねぇか?」
「副長、お呼びで?」
土方が藤堂の相貌にぴしゃりと言の葉を投げつけたとき、背後から山崎の声がきこえた。
土方はそこでようやく人間らしい会話ができると喜び勇んで後ろを振り返った。
「なんだこりゃ?鉄、なんで全員を起こしやがる?」
土方は文字通り開いた口がふさがらなかった。
呼びにいかせた山崎らだけでなく、その後ろにぞろぞろと呼ばなかった者たちもつづいているのだ。
「副長、鉄のせいじゃない。だって面白そうな予感がしたんだもの。参加しなきゃ損するでしょう?」
「おめぇはだまってろ馬鹿総司っ、「三馬鹿」もこれからは「四馬鹿」にせにゃならんか?」
「副長、ずれています」さすがは土方の一刀だ。冷静な突っ込みである。
なんと、いまではすっかり土方らの仲間と化したスー族の二人と銃使いたちも起きてきていた。
銃者のフランクが懸賞金のことも含め、保安官から賊についての詳細をきいた。
その間に山崎、島田、相馬に玉置、そして信江が町医者の手伝いをし、怪我人たちの応急処置にあたった。
それ以外は被害の状況を調べた。まだその無数の悪い気が近くにあるという幼子と呪術師のイスカの言に従い、土方は白き巨狼と義兄、そして息子に探りにいかせることにした。
土方自身は息子にはいかせたくなかったが、義兄がめずらしく同道させたがったのだ。
「へへっ、おれたちの出番だね」
「あぁ間違いなく、な」
「腕がなるねぇ」
「賊の数が多いといいんだけど?それに強ければなおいい」
「だれが一番相手を殺さずに捕まえられるか、かな?」
藤堂、永倉、原田、沖田、最後は伊庭がしめくくった。
かれらはにはわかっているのだ。副長が賊退治をかってでるということを。