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望む道と運命(さだめ)の道

 宿屋におおきな畜舎はなく、馬がせいぜい四、五頭収容できる畜舎ものがあるだけだ。だが、宿屋の裏は馬を放牧できるだけの柵があった。他州の農場主などが馬の売り買いをする為に立ち寄ることがあるらしく、取り壊さずに放置しているのだそうだ。

  

 馬の世話はそれぞれが行い、宿屋組はなかへと引き揚げていった。野宿組は宿の主人から焚火の許可を得、柵の近くに馬車を置いてその近くで小さな焚火を起こした。

「夜は気温が下がりますね。イスカの話だと、もっと南のほうでは冬になっても雪が降らずさほど寒くないらしいです」

 厳周が父親にいった。小さな焚火の周りに柳生親子と若い方のヤング「三馬鹿」が胡坐をかいて座っていた。幼子は一人柵に座って柵内の馬たちを眺めているようだ。否、そうみえるようだがときおりどこか遠くをみるかのように小さな相貌を街の向こうへと向けている。

「厳周兄は辛くなったりしんどくなったりしないの?」

 玉置が白き巨狼を挟んで向こうに座す厳周に唐突に問うた。白き巨狼はお気に入りの二人の間で寝そべり瞼を閉じている。

「えっ良三、どういう意味できいているのだ?」厳周は問いに問いで返した。小さな炎の向こう側で厳周の父親がじっと炎をみつめている。

「柳生の跡取りだってことが。だって一人なんでしょう?やりたいこととかなかったの?あるいはないの?」

 じつに単純で率直な問いだ。すくなくとも玉置は純粋にそう疑問を抱いただけなのだろう。市村と田村も大なり小なり疑問に思ったことがあったのだろう、厳周に注目した。

 だが、問われた側は当惑した。物心ついたころより剣術しかなかった。当たり前のように蟇肌竹刀を握りそれを振った。父親の背をみ、それを追い、追い越すものだと思っていた。跡取りであったり当主であったり親藩の藩主の剣術指南役であったり、というのはあくまでも追従しているものにすぎない。

 厳周にとってなにより大きいのは父の存在、それがすべてだ。

「困ったな・・・」厳周は頭を掻きながら苦笑した。困った、というのが正直なところだ。父親がこちらをみている。

「わからない。わたしは剣術が好きだしいまのところはこれ以上に好きなものがない。そしていまのところは好きなものをみつけようとも思わない。すまないな、こんなくだらぬ答えで。きっともっと派手で壮大な答えを期待していたんだろう?」

 まだ子どもの域にある三人は同時にくすくす笑いだした。

「どうした、図星だろう?」厳周も笑った。一人っ子でほかに年少の従弟に恵まれなかった厳周にとってこの三人は弟みたいに可愛いく思える。

 厳周の従兄弟のうち一人は病で早世し、いま一人はたった一度会っただけで自害した。そして生きている唯一の従弟それはその存在そのものが複雑だ。

「違うよ、厳周兄。いまの答え、八郎兄とまったく同じだ。だからおかしかったんだ」

 市村はそういってから指で鼻の下を掻いた。

「ああ、八郎兄が・・・」酷似した生い立ちの伊庭もまた同様の思いがある。厳周もまた可笑しく、それ以上に嬉しくなった。

「師匠は?師匠も男一人だからやっぱりそれが当たり前、だったのですか?」

 田村の問いで厳蕃ははっとした。息子の答えをききながら死んだ甥のことを考えずにおられなかったのだ。ちらりと視線を死んだ甥の転生後のすがたへと向けた。

 なにかに気を取られている。先日の宿営場所の確認を息子と三人でいったときのようだ。

 そのとき「ずきん」、とこめかみに痛みが走った。

(性悪の甥め・・・やりおったな)厳蕃は心中で歯噛みした。

 その痛みはまぎれもなく暗示をかけられたときの痛みものだからだ。

「父上、なにかありましたか?」

 再度はっとすると、息子が覗き込んでいた。

「いや、なんでもない。ああ、銀の問いだな?わたしの場合、息子とはすこし違う。姉が強く凄すぎたのでな、その背をみつめ追いかけいつか追い越そうと躍起になっていた。するとどうだ、後から生まれた妹も強かったし凄かった。ゆえにどちらが柳生を継いでもおかしくない。わたしなど厠にもいけぬ弱虫な軟弱者だ」最後の自虐は白き巨狼へのあてつけであるのはいうまでもない。だが、白き巨狼は瞼を閉じたまま『ふんっ』と鼻を鳴らしただけであった。

「それは兎も角、わたしも八郎も息子も剣が好きだから定められた道に対して辛くも苦しくもない。だが好きでなかったら、あるいはほかに好きなものがあったら、その気持ちもかわるのだろう。われわれの道はけっして強制ではない。選ぶのは自身だ。鉄、銀、良三、おまえたちも同じだ。ここで年寄りたちと過ごし、決められた道を歩むことは強制ではない。そして永遠でもない。いつかは自身の道を歩んでいかねばならぬ。ゆえにいまのうちに年寄りたちからさまざまなことを学び、盗んでそれに備えておくといいだろう」

 先日のそれぞれの進路についての話を思いつつ、厳蕃は自身の息子より年少の三人の頭を撫でてやった。

 そして、そのときはじめて息子にはかような接触スキンシップをおこなったことが一度もなかったことに気がついたのだった。


『うまくとりまとめて和やかな雰囲気ムードに水をさすようだが、子猫ちゃんキティ、おぬしの性悪の甥がまたしてもなにか問題トラブルを抱えそうだぞ』

 いつの間にか白き巨狼が起き上がっていた。その精悍な相貌はいまや柵の上で立ち上がって遠くをみている育て子に向けられている。

「ずきん」

 厳蕃のこめかみにまたしても痛みが走った。

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