闇に潜みし妖(モンスター)
その小さな町ですら酒場と娼館があった。近在の町や村、そして旅の漢たちがそこにやってきては酒を喰らい娼婦を抱いた。
その夜もいつものようにはじまった。そして翌朝、小鳥が囀るころにはやはりいつものように長い夜が終わるはずだ。
そう、昔からと同じように、昨日も一昨日もそのまた一昨日と同じように、この夜もすぎてゆくはずだったのである。
この夜、騎馬隊が村に駐屯していた。とはいえ、騎兵も漢、町の人々はてっきり任務の途中のお慰みかと思い込んでいた。だが、その予想は違った。
アメリカ陸軍第七騎兵隊はなんの任務も帯びておらず、小隊長エリオット・ノートンとその部下たちは勝手な行動の途中でその村に立ち寄っただけだ。無論、理由はその町にくるほかの漢どもと同じだ。
「騎兵さん、いい漢ねぇ」酒場は宿屋も兼ねていた。二階にある寝室の一室。寝台の上で寝そべり煙草の煙をくゆらせながら、娼婦が客にお愛想をいった。が、客の漢はそのようなわかりやすいお愛想にいちいち反応するのも面倒とばかりそれを無視した。
寝台の上でことの最中もその騎兵はほかのことに気を取られているのか上の空であった。
「あら?消えた。まったくもう、この古洋燈といったら・・・。騎兵さん、ちょっと待ってておくれ、蝋燭をもってくるから」
娼婦のそれは独語に終わった。騎兵はやはり上の空だったからだ。
寝台から娼婦が下り、小さな寝室からでてゆくと、騎兵はごろんと天井に相貌を向けて寝転んだ。煙草は床の上に指で弾き飛ばした。小さな小さな赤い光が床の上で弾け消えた。この夜は月も星も雲に隠れ、窓から差し込むのも夜の帳のみ。室内は真っ暗だった。闇に瞳が慣れるまでにしばし時間を要する。騎兵は考えごとしながら瞼を閉じた。それを開けていても閉じてもみえないことは同じだ。
「・・・!」
騎兵はそのときはじめて気がついた。部屋に何者かが侵入しており、その侵入者がいとも簡単に自身の生命を握っているということに。
『その異相よく覚えているぞエリオット・ノートン?名はエリオット・ノートンで間違いなかろう?ミスター・エリオット、かようなところでなにをしている?』
それはきれいな英語だった。すくなくともアメリカの発音などではなくイギリスのそれであった。侵入者はエリオット・ノートンの名を知っていた。
『ミスター・エリオット、「竜騎士」を知っているか?欧州、そして東の国々で名を馳せた暗殺者に与えられた称号だ』
問いは問いではない。なぜなら、騎兵は自身の頸を握られており発声するどころか頷くことすらできないからだ。
『ずっとわれわれをつけ狙い追おうとしているな?もっとも、まったく見当違いをただ彷徨っているにすぎぬが。ミスター・エリオット、わかっているな?「竜騎士」の称号をもちし暗殺者タツミはろくでなしの騎兵の掌に負える獣ではない。たったこれだけの数の小隊など一瞬にして皆殺しだ。見逃してやるのはこれで二度目。三度目はないと思え。軍に戻り大軍を率いて来い。なれば相手をしてやってもいいぞ』
騎兵は仰向けで瞳を天井に向けたまま身動ぎ一つできないでいた。恐怖や不安を感じる以前に思考そのものが停止してしまっていた。
「騎兵さん、あれ、眠っちまったのかい?」寝室の扉がそっと開き、蝋燭の淡く細い光が室内に射し込んだ。
同時に騎兵はすべてから解放された。
寝台の上で上半身を起こし、騎兵は荒い息をついていた。うたた寝してしまったのかのように頭がボーっとしている。
「これはなんだい?お護りかい?」
騎兵が寝転がっていた枕元から娼婦がなにかをつまみ上げ、茫然としている騎兵の眼前にそれをかかげてみせた。
小さなそれは、あの夜の宴で「東洋の妖」に手渡された騎兵自身が発砲したライフル銃の弾丸であった。