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玄人(プロ)の殺し屋(キラー)

「いまごろ「柳生の大太刀」のことで盛り上がってるでしょうね、きっと」

 場の雰囲気を和らげる為厳周はわざとおどけていったが、それは功を奏さぬままただ沈黙のうちを通り過ぎてしまった。

「二人ともいい加減にしてくださいっ!」

 厳周はついに切れた。鞍上で

自身の前に座す小さな背を、ついで後ろから距離を置いてついてくる父を、それぞれを睨みつけた。

 父親は子に睨みつけられても意に介すことなく小ぶりの両の肩を竦めただけだ。そして、小さな背の従兄・・に反応はなかった。というよりかはずっとなにかを気にしている。それは大分前、ニックの農場にいたときからで、厳周の父と従兄・・間の様子がおかしいことはどうやらそれに起因しているようだ。

「いったいなにがあったというのです?従兄殿っ、なにを気にされているのです?」

「厳周、構うな。馬鹿で頑固で性悪の甥のことなどな」

 金峰の蹄の音が小気味よい音に混じり、父の嫌味が子の背にぶつかった。

「いったいなんだというのです?「柳生の大太刀」の件ですか?それともこのことを黙っていることですか?」このこと、とは厳周にとっては従弟がじつは従兄であり、厳周の父にとっては生きている甥が死んでいる甥、土方夫妻に至っては息子が死んだ甥になるし、多くの仲間たちにとっては生きている坊と死んだ坊、というじつにややこしい事態についてだ。

「そうだな、それらも厄介だ。わたしたち親子はそれらに振りまわされている。そして、それがいつまでつづけられるかまったくわからぬ。つまり、馬鹿で頑固で性悪の甥の所為でわたしたち親子はいままでもこれからも良心の呵責に苛まれ、身内を含めた多くの仲間たちに負い目を感じつづけねばならぬというわけだ」

 これだけひどいことをいわれても小さな背に反応はない。

「だが、それだけではない。否、それら以上に厄介なことやもしれぬ・・・」

 父親の言に厳周ははっとした。振り返るとすでに金峰がすぐ後ろに迫っていた。

 騎手だけでなく騎馬まで気配を消させるとは・・・。

 厳周は唖然とした。

「辰巳っ、いい加減にしろ!いったいなにを企んでおる?一人でなにをしようとしておるっ!」

 馬首を真横に並べ、厳蕃は辰巳に怒鳴り散らした。よほど腹に据えかねているのだ。そしてそれ以上に案じているのだ。

「叔父上、わたしもこの体躯にずいぶん馴染んできました。感覚が研ぎ澄まされているのが感じられます」

 辰巳が冷静にいった。そして、辰巳は遠く地平線へと相貌を向けて瞼を閉じた。

 しばらくして辰巳はそれを開けた。皮肉な笑みがその小さな相貌に浮かんでいる。同時に金峰が厳周と辰巳の騎乗する大雪から離れはじめた。金峰は相棒の厳蕃ではなく辰巳の願いをきいているのだ。

「叔父上、わたしはいったいなんです?従弟殿、あなたはこのわたしが、辰巳がいったいなにかおわかりか?」

 皮肉な笑みが後ろに向けられた。それは厳周に幼子などではないまったく異種のものを感じさせた。

「わたしには獣としての感覚、否本能しか備わっていないようだ。うちなるものとはまったく異なる、そう肉食獣としての本能、そしてわたし自身の本質・・・」

 いまや金峰は厳周たちの騎乗する大雪からゆうに十間(約18m)はその馬体を離されていた。離されている、というのは厳蕃にとってはの意だ。いまや金峰は辰巳の願いしかきき入れない。

 はっとする間もなかった。刹那以下だ。厳蕃は背後から頸を取られていた。小さく分厚い掌がおとこにしては細い頸を軽く握っている。

厳蕃・・殿、いいにくいようだからわたしが自答致します」

 辰巳は厳蕃の右の耳朶に背後から囁きかけた。

 厳蕃はいいようのえぬ恐怖に襲われていた。身動ぎのみならず呻き声すらだすことままならぬなか、自身の生命いのちが完全に一人の暗殺者に握られている。それはたとえ親子であろうが叔父甥であろうが容赦なく頚椎を絶ってしまうだろう。それが下された命である限りは・・・。

「軍神?武神?剣士?兵法家?そのようなものはまったく関係ない。わたしの本質はこれだ。この掌にほんのわずか力をこめれば、あなたは数秒後に死ぬ。成す術もなく、ね。厳蕃・・殿、あなたや一兄は所詮人斬りだ。闇のうち、刃で相手を殺るだけの素人にすぎぬ。あなたの殺った数や方法ではとても柳生の名を汚すほどのものではない。そう、あなたごときの殺しでは戦場のそれと大差ない。この世界のことは素人は知らなくていい。なにも知る必要はない」

 囁きかけるその声音は単調だ。それはその様子を十間先から成す術もなくみている厳周の耳朶にも流れていた。

 暗示だ。他者ひとに暗示をかけることのできる柳生の兵法家二人がいとも簡単に動きを封じられ、それをかけられている。

 辰巳という名の暗殺者によって。


「父上、ここなら今宵野宿できそうですね」

 そこにはわずかばかりの木々と岩、小さな池があった。

 辺りをみまわしながら告げた息子に厳蕃は一つ頷いた。

「そうだな。さっさと戻ろう。「柳生の大太刀」の話題も終えたころだろう。なに、おまえの育ての母がうまくおさめてくれているはずだ」

「父上、あなたの妹でしょう?」

「ああ、そうだな」

 厳蕃は下馬せず一人大雪の鞍上で地平線をみつめている甥をみた。

 どうもなにかがひっかかる。なにかあったようだがわからぬ・・・。

 もどかしさが厳蕃に焦燥感を強く抱かせた。 

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