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剣士の焦燥

「それにしてもこの国は広いな。こんなになにもないのって、日の本では考えられないよな」

 鐙に両の脚を踏ん張り立ち上がり、額に掌をかざして四方八方をみ渡しながら藤堂がつくづく呟いた。

 遠く木らしきものがあるのがかろうじてみてとれる。すでに柳生親子と幼子が先行して様子をみにいっていた。

「なんだ、副長?おれが宣言したことについていいたいことがあるんだろう?」

 永倉が騎馬の脚を止めて騎馬ごと後ろを振り返った。同時に残りの者もそれぞれの騎馬を止め、土方と永倉に注目した。

 三人に様子をみにいかせたのが意図してとのことだと全員がすでにわかっていたのだ。

 無論、様子をみにいっている三人にもわかっているはずだ。

「やはり可愛くないですよね、「豊玉宗匠」?」二枚目ハンサムな天城の鞍上で沖田がいったが、その表情かおはいつもと違い真剣だった。

「あなたではとても「柳生の大太刀あれ」には敵わないでしょう?なら素直に新八さんや一さんにお願いすればいい。「あいつに会わせてくれ」ってね」

 沖田は天城の鬣をやさしく撫でながらいった。

「なんだ総司?おまえもやるんだよ。おまえの力も必要だ・・・」

「新八さん」永倉の言をさえぎり、沖田は声を荒げた。その切羽詰った声音は土方に昔を思いださせた。

「おれはまだやれます。近藤さんのつるぎとして、「近藤四天王」の一人として、そして新撰組一番組組長として、おれはまだやれます。剣を振りつづけられます。だから新撰組ここに置いてください。近藤さんとあなたの近くに置いてください。お願いです、土方さん」

 周囲に労咳を隠しきれなくなった時分ころ、近藤と土方は再三再四故郷多摩に戻るよう沖田を説得した。故郷には沖田の姉夫婦がいる。姉のみつも夫の沖田林太郎おきたりんたろうも総司を可愛がり、いつも案じていた。

 だが、沖田は頑なに拒否した。さらに頑固に近藤の側にいたいといい募った。

 そのときの声音と表情かおだ。どちらも現在いまのほうが大人びているが。

 そして土方は、そのとき近藤のに嫉妬し同時に羨ましくもあった。

 まさかそのとき、それ以上の想いの交錯が自身と自身の懐刀との間にあろうとは思いもしなかったのだ。

「悔しいがおれには無理です」

 沖田の怒鳴り声で土方は現実に引き戻された。みると沖田は両の拳を握り締め、永倉と斎藤に怒鳴っているところであった。ほかの者はただ静かにみ護っている。

「二人にもわかっているでしょう?師匠も新八さんたちもおれに気を遣って、おれも入れて・・・くれていますが、実際のところはそうじゃない。おれは鍛錬も実戦も二人には遠く及ばないしなにより気概が足りない。おれはずっと近藤さんの為だけに剣を振るってきた。正直、いまでもそれが忘れられない。おれには無理なんですよ。すくなくともまだ無理だ・・・」

「ゆえに先の船上での勝負もしんぱっつあんとおれに譲ったというのか、総司?」

 斎藤がふらりと剣を沖田の前に立たせて尋ねた。永倉も苦りきった表情かおだ。

 そう、二人ともわかっていた。沖田の実力について、そして沖田自身がそう感じていることも。

 試衛館にいた時分ころ、実力は沖田が一番であった。そうだれもが認めていた。が、歳月が経ち、それぞれの歩んだ道の違いでそれに差が生じた。

 病に倒れ鍛錬どころか刀を握ることすらできなかった沖田、土方と己の信念の為に影に日向にただひたすら剣を振るいつづけた斎藤、そしていついかなるときでも己の腕と運を信じてがむしゃらに剣を振るいつづけた永倉・・・。

 病の所為だけではない。それぞれの想い、信念、気力、こういったことでも差がでたのだ。


「もういい宗次郎そうじろう・・・」土方は富士の歩を進め天城に寄せた。わざと沖田の幼名を使った。

「かっちゃんの剣はそんなものか?おれはそうは思わねぇ。昔も現在いまもかっちゃんの剣はおれの二刀と同じで鈍っちゃいねぇし錆びてもいねぇ。平助も含め「近藤四天王」はまだまだ廃れちゃいねぇ。なぁそうだよな、新八、斎藤、平助?」

 問われた三名はしっかりと頷いた。

「だからともに挑戦してくれ、といいたいところだが、かりにあいつが試練を与えにでてきたとして、おめぇらとあいつとで遣り合うっていうのか?」

「あいつが実の叔父と従弟をあれだけ痛めつけたんだぞ、副長?兄貴分とはいえ他人だ。簡単な話だろう?実際、あいつが技を伝承してくれたとき、あいつは容赦しなかった。もっとも、あいつなりに手加減はしてくれたんだろうが、それでも普通の道場剣術のそれとは比べもんにならねぇほど過酷だった」

 その永倉の言に斎藤、原田、そして沖田も無言の頷きで同意した。

「それと、試練をあたえし者ってのは挑戦する者にしかみえなかったり感じられなかったりするものなのか?姐御、どうなんです?」

 永倉の問いで全員が馬車の馭者台に注目した。

 それはいまこの場にいる唯一の柳生の女性ひとである。


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