狼と踊る童子
その集団はまるで土方一行をみ護るかのようにつかず離れずついてきていた。
全員が気がついていた。が、だれもなにもいわなかった。まるでニックの農場の近くの森の再現だったからだ。
が、やはりこのときも市村の口唇は閉じていることに耐えられなかった。厳密にいうとその口唇の持ち主の好奇心が、である。
土方には一行のなかでそわそわ落ち着きがない者いることがわかっていた。これもまた厳密にいうと一人と一頭だ。無論、市村の好奇心によるそわそわではない。好奇心という意味においては自身も含めて全員が抱いている。だが、そわそわしている一人と一頭は違う。そういう意味とはまったく異なるのだ。
血か、あるいは本能か・・・。
「犬だっ!うわー、仔犬もいる。可愛いなぁ」
その集団がついてくるようになってすでに三日は経ったある昼下がり、我慢しきれなくなった市村がたまりかねてついに伊吹の鞍上で叫んだ。
「馬鹿いってんじゃねぇっ、鉄っ!」
大人たちがすかさず突っ込んだ。その数の多さとまったく同じ言の葉だった為、きいていた者は笑ってしまった。
そこからはやはり土方が全員を代弁した。
「瞼をひん剥いてよくみやがれっ!あれのどこが犬だってんだ。みたことねぇってんならともかく、蝦夷でおめぇはみただけでなく接して背にものってるし、こんだけ毎日毎日その面み合わせてるにもかかわらず、なんであれが犬だっていえるんだ」
「えっ?」市村は鐙を踏ん張り掌をかざしてその集団をみ直してから小首を傾げた。
「馬鹿だな、鉄。あれは飼い犬じゃない、野良犬の集団だ」
「てめぇはだまってろ馬鹿平助っ!」土方は発狂した。すくなくともそれに近いほどの大音声だったのですべての馬の脚が止まり、同時に野良犬たちの脚もぴたりと止まった。
「あいかわらずお馬鹿たちはお馬鹿だし、生き物の気を逆撫でする副長もあいかわらずですよね」
「てめぇもだまってやがれ、馬鹿総司っ!」土方はさらに興奮した。
「ひどいなぁ・・・」「ひでぇ、副長」新撰組の幹部たちが不貞腐れた。
「狼だよ、てっちゃん。亜米利加アカ狼っていうんだって」
玉置がいった。呪術師のイスカから教えてもらったのだ。
「へー、蝦夷のより大きいし色も違う」
「熊も蝦夷は羆だけど亜米利加はそれより大きくて色も違う灰色熊だし、人間だって人種が違ったら体躯の大きさや髪や瞳の色が違うよね?それと同じだよ」
つぎは田村が教えてやった。
市村がへーやらはーやらと親友二人の説明に感心しているのをききながら、土方は荷馬車の馭者台でおとなしくお座りしている自身の息子とその育ての親をみた。
人獣の小さな深くて濃い四つの瞳が土方をみ返しており、期待できらきら光っているのが陽光の下はっきりとわかった。
「義兄上、付き合って頂けますか?」「ああ・・・」
「みな、すまないがしばしときをくれ」全員をみまわしてから最後に息子と視線をあわせた。
「狼神、息子を連れていってくれ。坊っ、いってよし」
幼子の表情がぱっと明るくなった。
「父上、ありがとう」と叫ぶなり、すでに地に飛び降りている白き巨狼の背に跳躍した。
みる間に異国の狼たちへと走り去ってしまった。
二人は地に胡坐をかいた姿勢でそれをみていた。否、土方は息子が異国の狼たちと愉しそうに踊っているのをみており、厳蕃はその土方の震える背をみながらそのうちにある光景をみていた。
死んだ甥が蝦夷で狼神の仔らや蝦夷狼たちと戯れているのを・・・。
月明かりの下、小さな池の畔である。死んだ甥は狼たちとじつに愉しそうに戯れ踊っている。それはいまの生きている甥とまったく同じだ。幻想的ともいえる光景は、土方が貴重な思いでとして心の奥底にとっておいているものに違いない。
厳蕃にはそれが痛いほど感じられた。
声を殺して死んだ親友を偲ぶ土方の背をみながら、厳蕃はまたしても精神が痛んだ。自身の体躯を傷つけたい衝動に耐えねばならなかった。
そして、性悪の甥を恨まずにはいられなかった。