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試練への想いと決意

「いらぬことを・・・。むだに気をもたせるようなことを申してくれるな・・・」

 金峰の按上から白き狼に投げつけた厳蕃のその言に勢いはなかった。

 馭者台では白き狼の育て子がその白くふさふさした頸に抱きついている。「父さんミチ、やめて」

 ぴんと立った片方の耳朶にそう囁いたのが育て子のうちのどちらであるか、白き狼は一瞬量りかねた。

「「柳生の大太刀あれ」はそういうものではないのだ・・・」厳蕃は呟くようにつづけた。

 それから義理の弟をみた。

「そうだ。わたしたち親子を心身ともにさんざん打ち据えぼろぼろにしてくれたのは死んだ甥だ。「柳生の大太刀」の力で試練を与えし者としてわたしたち親子の前に現れたのだ」

 いつの間にか騎馬たちの歩みが止まっていた。

 全員が声もなくただ呆然と厳蕃をみている。

「これはうちなるものや護り神もりびととして、あるいは叔父であったり従弟であったりということとはまったく関係がない。試練を与えし者はあくまでも剣士として、最強の剣士としてわれらの前に現れそのすさまじいまでの力と業のすべてをみせつけた。われら親子はそれらをこの身に叩き込まれ、それらにおいて到底敵わぬということを散々に思い知らされた」

 厳蕃はいまだに朝晩、そして雨が近くなると鈍く痛む胸部を擦りつつ嘆息した。

 うちなるものの治癒力すら効かぬのだ。

 全員が驚愕とともにききいっていた。

「会いたい?正直、もう二度とご免だ。甥は性悪で頑固で大馬鹿者だったが・・・」そうとわからぬ視線が馭者台の甥へと向けられた。無論、それを受け止めた性悪で頑固で大馬鹿者だった甥の眉間にそうとはわからぬほどの皺が寄った。

「あれは古今東西の剣士、武人の類のレベルではない。それをいうなら古今東西の軍神いくさがみ武神ぶじんレベルでもない。さらに古今東西の化け物モンスター妖怪あやかし、鬼などの想像上の生き物のレベルでもない」

 こんなときでも沖田は鬼に反応し、ぴくりと両肩を振るわせた。

「最強、と評したが最強というには比較すべき存在ものすらない・・・」

 いまや厳蕃の小ぶりで端正な相貌にはなんともいえぬ笑みが浮かんでいた。

 その力、とやらを想像するには人間ひとではもはや難しい。

 それがきいている者たちの正直な感想だ。

「「柳生の大太刀」に挑戦するのは柳生の血筋でないとできないのですか?」

 不意に市村が叫んだ。

「鉄、おまえが?まさか、だろう?」

 意外に思いつつ代表して尋ねたのは野村だ。

「いや、血がまったく関係ないとはいえない。だが、それだけでもない。「柳生の大太刀あれ」を振るえるだけの力と精神こころがあれば、とりあえずは挑戦チャレンジはできる。試練を与えし者はその挑戦者チャレンジャーより力も精神こころもはるかに強い。従兄殿のときは江戸初期に名を馳せた武術家が総出だった。それはもとより従兄殿がそれだけのものを備えていたからということになる。そして、わたしと父はその従兄殿一人だった。従兄殿が強いからだろうが、われわれ親子は一人の大剣豪にすら敵わぬ力量しかない、ともいえる」

 鞍上で厳周は嘆息した。自身はともかく、父親がそれだけの力量とは思えない。ということは父親の表現どおり従兄殿はなにもかもを超越しているということだ。

 心身ともにぼろぼろになったがよく乗り越えられたものだとつくづく思う。もっとも、心やさしき従兄殿の気持ち・・・も多分にあってのことなのだろう。

「息子のいうとおりだ。ゆえに義弟おとうとよ、われわれはいらぬことを伝えなかった。気をもたせたくなかったからだ。試練を与えし者はあの子であってあの子ではない。勇景が演じるものとも異種のものだ・・・」

 土方を諭すように告げると、厳蕃は金峰に歩きだすよう願った。もうこの話はやめたかった。この場から逃げだしたかったからだ。

 全員の、とくに「柳生の大太刀」に挑戦できるだけの力と精神こころをもつ者たちの決意と想いがひしひしと感じられたからだ。

 それは厳周も同じだった。市村のなにげない問いだったはずだ。結果的にはその者たちの心意気に火を注いでしまった。父親はどうするだろう。従兄殿は受けて立つつもりか?厳周にはその者たちの強靭な想いや願いを挫くことは叶わない。きっと父親も同様だ。

 そう、じつは親子そろって心のどこかではそうと願っているのだから。

「師匠、おれたちを鍛え直してください。どんな鍛錬にも耐えてみせます。どれだけかかろうとも構いませぬ。どうか・・・」

 斎藤が剣の鞍上で叫んだ。その必死の声音は厳蕃の背に刃のごとく突き刺さった。

 おれたち、というのが永倉、沖田、斎藤を指しているのはいうまでもない。

「副長、待ってろ。何年かかろうともおれたち三人があんたをあいつに、あいつをあの世からまた引き摺りだして会わせてやる」

「新八・・・」

 土方ははっとして永倉をみた。永倉がこれほど熱くなるのはめずらしい。

 大太刀に、試練を与えし超越者に挑戦したいという剣士としての純粋な想い以上に、土方をあいつに会わせてやりたい、という想いがより強く感じられた。


 やはりこうなるか・・・。厳蕃は金峰の背で揺られながらもう何度目かの溜息をついた。四本しかない指でこめかみを揉んだ。

 性悪の甥め・・・。大切な兄貴分たちをもぼろぼろにするつもりか・・・。

 

 荷馬車で揺られながら幼子は荷台に積まれている「柳生の大太刀」にを走らせた。

 試練を与えし者は非情だ。そして強い。それは力と精神こころの双方においてだ。

 幼子は悟った。自身もまた試練を与えし者として試されている。そう、柳生家に伝わる霊剣に試練を与えられている。いったいどれだけ試され試練を与えられるのか・・・。

 辰巳・・もまたもう何度目かの溜息を心中でついたのだった。


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