新たなる旅立ち
『これがわたしの農場?トシ、嘘じゃないだろうね?心から感謝するよ。これだけのことをしてくれたのだ。亜米利加から欧州に渡る際にはもちろん船賃はいらない。ま、海賊退治をしてくれればさらにありがたいがね』
ニックは快活に笑った。船旅にでる前と帰ってきてからでは自身の土地家屋の様子がまったく異なっていたことにニック夫妻は心底驚いたようだ。
ニックは土方と抱擁しつつ冗談をいいつづけた。それはまるで寂しさと悲しみを紛らわせているようだった。
『わたしたちも来週には清国に向かう。そこから欧州へと回ることになる。つぎはまた数年単位での航海になる。しばらくは会えそうにないな』
『ニック、航海の無事を祈っている。なに、「The lucky money(幸運の金)」号には水を司る神の加護の下にある。無事は間違いないだろうけどね』
土方は真実を述べた。正確には水を司る「青龍」と海神を統べる大神の加護が授けられている。航海の安全は保障されているのだ。
『フランクとスタンリーはきみらと行きたがっている。というよりかは「The lucky money(幸運の金)」号には戻りたくない、と。われわれと航海するよりきみらといたほうがよほど居心地がいいらしい』
ニックは苦笑混じりでつづけた。
『すまない。きみの友人を危険な目にあわせているようなものだ』土方はニックの思いやりに感謝し、そしてフランクとスタンリーの気持ちが素直にうれしく思いつつ詫びた。
『二人はもともとが戦士なんだ、きみらとのほうが肌が合うんだろう』
二人は農場を歩きながら話をしていた。どこもすっかり整備され、明日からでも農場経営ができそうだ。
『ニック、正直なところこの将来どうなるかわからない。スー族の戦士たちと亜米利加の軍隊と戦うことになるだろうから。もしもおれや義兄になにかあったら、とくに鉄ら子どもらのことを・・・』
『トシ、心配は無用だ。わたしたちに海の神の加護があるように、きみらにも神がついているのだろう?』
ニックは脚を止めて土方の相貌を覗き込んだ。土方は一つ頷いた。その神が問題なのだ、と思いつつ。
『だが、そうだな。いい意味でも悪い意味でも人間はいつなにが起こるかわからない。だからこそ人間はその日一日をせいいっぱい生きている。心配要らないよ、トシ。わたしたち、義兄のDr.グリズリー、ドン・サンティス、みなきみらの味方だ。なにかがあろうとなかろうと、いつでもわたしたちはきみらを待っている。きみらの戻ってくるところはここだ。そして、希望があればいつでもなんでも準備する。それを忘れず思うようにするといい』
『ニック・・・』土方は自身からニックと抱擁した。
これも土方自身の親友「竜騎士」のもたらした縁なのだ。
ありがたいことだ。真にありがたい・・・。
準備は整った。ついに出発だ。
キャスはその豊満な胸に子どもらや妹分だけでなく全員を抱き締め別れを惜しんだ。
漢どもはおおいに照れた。それでもしっかりと抱き締められて同じように別れを惜しんだ。
ある春の晴れ渡った日、土方一行はスー族を訪れるべくニックの農場を旅立った。