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あるべき場所と示す道

「街はなにかなかったか?」

 山崎が自室の机に向かっていると、部屋にぶらりと永倉、原田、藤堂の元祖「三馬鹿」がやってきた。山崎は島田、相馬、野村と相部屋である。このとき、その三人も部屋でそれぞれの時間ときを過ごしていた。島田は繕い物、野村は木を彫っているし相馬は子どもらに日の本の歴史を教えるべくその教材作り。そして山崎は、自身が仕入れた情報をメモ帳にまとめているところであった。

 ニック、それにその従弟の新聞記者ポールからもらったメモ帳はすでに三冊目だ。そのどれにも隙間なくびっしりと和語あるいはアルファベットが記されていた。

「めずらしいですね、この部屋にくるのって?」相馬が大きな紙片から相貌を上げた。寺子屋の先生をしていたこともある相馬は、なにかを教えることがじつにうまい。よって幼子の教育係のみならず若い方のヤング「三馬鹿」の学校の先生がわりをも務めているのだ。

「話があってな・・・」永倉がいうとその部屋の主たちは表情を引き締めた。藤堂がドアを閉めるのをみてから永倉はさっそく用件をきりだした。

「丞、紐育ニューヨークに残って新聞記者をやってみないか?」

「ええっ?」山崎は文字通り椅子から飛び上がってしまった。

 なにゆえそのような話の展開になるのか?しかも永倉からかような話を持ちかけられるとは?

「新聞記者たちがおまえのことを絶賛してくれているらしい。『ニューヨーク・タイムス』も見習いから使ってくれるっていってるそうだ。なあ、これってすごい機会ビッグ・チャンスじゃないか?なにもおれたちに付き合ってお尋ね者になったり生命いのちを削る必要はない。な、そうだろう?」

「新八のいうとおりだな。丞だけじゃない、主計、それに利三郎、おまえたちもそれぞれ特技がある。それを伸ばすのに大学とやらにいくもよし、あるいはどっかに弟子入りするもよし・・・」

 永倉につづいて原田が相馬と野村にいうと、二人もまた山崎と似たり寄ったりの驚きの表情かおになった。

「それは副長の考えで、そう望まれているのか?」

 山崎は椅子ごと体躯を「三馬鹿」に向けた。相馬と野村も作業の掌を止め、三人をじっとみている。

「剣を振ることしか能のないおれたちと違って三人は多才だから。副長は気にしているんだ、あらゆる可能性を潰したくないってな」

 原田が自身の鼻の下を指先で掻きながら答えた。

「三馬鹿」はさすがにそれぞれがそれぞれの役回りをよく心得ている。土方がこの大事な用件を託した理由はそこにあるのだ。

「ならば答えはわかっているはずだ」山崎だけでなく相馬と野村にもわかっていた。

 望めばそれぞれの道を歩むことができる。その環境も準備してくれる。そして自身の脚で歩む自信はあるし努力することもわかっている。なによりその道で成功することも・・・。

 だが、根本的に違うのだ。

 新撰組あっての、もはや仲間を超えた家族といえる新撰組ここあっての道、なのだ。それ以外は考えられない。そして、その道以外は最初はなから歩むつもりもないしそもそも選択肢すらない。

 山崎はちらりと窓の外に視線を向けた。いいお天気だ。向こうにご神木の合歓木がみえる。

 掌を伸ばして窓を開けた。窓が外へと両開きになると心地のいい風が入ってきた。

 そもそもこの才能のことを知っていて開花させてくれたのが副長でありその懐刀である坊なのだ。そして坊に到っては監察方の基礎を叩きこんでくれたし生命いのちも与えてくれた。

 二人がいてくれて現在いまの自身がある。

 自身だけではない、相馬と野村もまた同じだ。副長と坊によって力を発揮したり生命いのちを救われている。

「あぁわかってる、よくわかってる。尋ねておきながらおれたちには答えがわかってた。が、一方でおれたちはおまえらに血腥い生き方以外の道があり、おまえらにはその道を歩んでほしいって気もある。それが正直なところだ。だってそうだろう、家族同然のおまえらを、なにを好き好んで苦難の道ばかり歩ませなきゃならない?それをみにゃならん?ま、おれたちもいつどこでくたばるかわからねぇ。それぞれがそういう道もあるってことを覚えておいてくれ」

 永倉のいうおれたち、というのは土方も含めての意味だ。

 山崎にはそれもよくわかった。

「おまえらもいいんだな?」原田が相馬と野村に念押しすると、二人はさも当然のように笑みを浮かべただけでそれぞれの作業に戻ってしまった。


「うーむ、どうやらわたしのことは忘れられてやしませんかね?」

「えっ、魁兄?だって新撰組かぞくを支えるには姐御かあさん一人じゃ無理無理。もう一人頼りになる魁兄かあさんがいなきゃ」

 控えめに自身の存在を強調アピールした島田に藤堂がおどけていった。

 ああ、なるほど。母親役は信江一人では難しい。島田は問答無用で新撰組ここで家族を切り盛りしてやらねばならぬ運命さだめなのだ。

 当人も含めてあらためて実感したのだった。

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