What do you want to do in the future?
台所でエンドウ豆の莢を丁寧に向いてはなかの豆をとりだす作業を根気よくつづけているのは田村と玉置、そして幼子だ。最初は市村もお手伝いをしていたが、途中で沖田が呼びにきてでていってしまった。
鍋がコトコトと小気味よい音を立てている。台所内はいい匂いが漂っていた。
ベイクドビーンズである。馬鈴薯料理と同じくベイクドビーンズも亜米利加では人気のある料理の一つだ。
「母さん、終わったよ。つぎはなにをすればいいかな?」田村も玉置も率先してお手伝いをする。信江も大助かりだ。
「ありがとう、二人とも」信江は日の本の言の葉で二人に礼を述べてから英語に切り替えた。
『キャス、そろそろ休憩にしない?』
信江は休憩を提案した。親友というよりかは姉貴分のキャスが戻ってきてから信江もずいぶんと嬉しそうだ。そしてこの日、信江は夫から頼まれたことを実行に移さねばならなかった。沖田が市村を連れだしたのはそのことがあったからだ。無論、キャスにも協力をあおいでいた。
田村と玉置が女性陣には珈琲を、自身らと幼子にはホットチョコレートを入れ、それぞれ台所にある小さな食卓に運んだ。
キャスが焼いたばかりのビスケットをお皿に並べてだしてくれた。
『わー、おいしそう。食べてもいいのかな?』
子どもらは同時に瞳を輝かせた。
『もちろん、召し上がれ』
亜米利加の母さんの許可がでると、三人は椅子に座って掌を合わせると「いただきます」と日の本式の感謝を述べ、さっそくビスケットを頬張った。
信江もキャスもその様子を微笑ましく眺めている。
『子どもたち、あなたたちは将来なにかなりたいものはあるの?』
喰ったら動く。若い方の「三馬鹿」は食べ盛りの克服法を信江や厳蕃に相談し、その結果、無駄に食べ過ぎない、喰った分だけ消費するということで空腹をしのいでいる。ゆえに鍛錬以外で率先してお手伝いや作業に従事しているのだ。
健気である。信江にとってはそんな三人がわが子同様可愛くてならない。
『なりたいもの?』キャスの問いかけに田村も玉置も驚いた声をあげた。ビスケットを掴む掌が中途で止まっている。
『そう、なりたいものあるいはしたいこと。なにかあるでしょう?』
田村も玉置も掌にビスケットを握ったままキャスの問いについて考え込んでしまった。これまでそんなことを考えもしなかったのだろう。
台所のなかでただ鍋の煮立つ「コトコト」という音だけが小気味よく流れてゆく。
二人はしばし瞳を宙に泳がせていた。その心中の機微を信江もその息子もできるだけ覗かぬよう努めた。
『考えたこともなかったけど・・・。でも、そうだな・・・。工具とか機械とかの技術を身につけていろんなものを直したり発明したいかな。八郎兄の義手を作ったウイリーさんや「The lucky money(幸運の金)」の機関士さんみたいに、大切なものを作ったり直したり整備したりってすごいよね。そんなことができればいいかな』
なんにでも興味を持って挑戦し、ものにできる器用な田村らしい望みである。
『銀ちゃんと同じで考えたこともなかったけど・・・。長い間病で病院でお世話になったり、Dr.グリズリーが八郎兄や多くの病や怪我をした人を治すのをみて医療のほうでなにか役に立てれればいいかな?船医さんなんかどうかな、難しいだろうねきっと?あ、でもやっぱり他人を傷つける業を修行している身でこの望みは矛盾してるよね?』
玉置もまた玉置らしいといえば玉置らしい。
そして、二人ともよほど「The lucky money(幸運の金)」号での航海が印象的だったのか、共通しているのは船での仕事だった。
『まあ、この子たちったら・・・』キャスは立ち上がると食卓をまわって二人に近寄った。そしてその大きな胸のうちに抱きしめた。
『ニックがきいたら喜ぶわ・・・』
キャスの胸のなかで二人は照れまくっていたが、同時に申し訳なさそうな表情になった。
『でも亜米利加の母さん、やっぱりいまは将来のことを考えるよりいまこのときが大切なんだ。副長、師匠、母さん、坊・・・。みんなと一緒に過ごす。たとえそれで終わったとしてもそれはそれでいい・・・』
田村の言に玉置も大きく頷いた。つぎは信江が感動する番だ。が、信江は感動するだけではいけない。夫から託された務めを果たさねばならぬのだ。
『ねえ銀、良三、二人のその気持ちは夫も兄も喜ぶわ。わたしもとても嬉しいし誇らしい。ありがとう。でも、二人ともまだ子どもよ。すくなくともこの国では子どもなの。あなたたちの将来を奪う権利は夫にも兄にもない。そして、あなたたちには可能性がある。二人とも学んだり知りたい、という気持ちが強い。それを学校で使ってさまざまなことを学んではどうかしら?あなたたちは学び方次第でなんにでもなれ
るわ・・・』
信江のその言で二人はこの午後のひとときの真意を即座に理解した。
「そんな・・・」玉置が椅子から立ち上がった。日の本の言を呟きながら。
「母さん、おれたちは連れていってもらえないのですか?これからの戦いにおれたちは足手まといなのですか?てっちゃんは?てっちゃんはいいのに、おれたちは・・・」
田村もまた日の本の言の葉に戻っていた。拳を握り締めたものだから掌のなかのビスケットが砕け散ってしまった。
「なにをいってるのこの子たちは・・・。そういう意味ではないの。あなたたちが足手まといなわけがないじゃない。夫も兄も手放したくはないけれど、あなたたちの将来を奪いたくない。生きて多くを学び、つぎに繋げて欲しい・・・。鉄は違う。あの子は学校で学ぶことにまったく興味がないのだから・・・」
「だったら置いてください。おれも良三もてっちゃんと同じです。なにも学校で学ばなくてもここで充分です。いや、学校でこそ学べないことが、ここでしか学べないことがある。おれも良三もここがすべてだから。ここはおれたちにとって家族で、生きるすべてだから・・・」
田村も玉置もついに泣きはじめてしまった。
「まったくもう・・・。子どもなのにすでに馬鹿な漢だわ、あなたたちは・・・」
信江もまた食卓をまわり、泣きじゃくる二人に近寄って力いっぱい抱きしめた。
信江もまた手放したくないのは夫や兄同様なのだ。
『わたしの小さな英雄は?あなたはなにになりたい?』
キャスは一人きっちりと椅子に座してビスケットをかじっている幼子に近寄るとその小さな体躯を抱き上げて尋ねた。
『人間になりたい!』
抱き上げられた幼子は、元気よくそう答えたのだった。




