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A farewell party(送別会)

 この日、ニックの農場に大勢の人々が集まっていた。そのほとんどが悪漢ギャングではあったが、なにもよからぬことをしているわけではない。

 ニック夫妻の帰国後、いよいよ日の本ジパング武士さむらいたちが旅立つこととなり、その別れを惜しむ為野球試合ベースボール・ゲームが行われたのだ。

「The lucky money(幸運の金)」号の乗組員たちは無論のこと、ドン・サンティスの手下らは自身らの家族を伴ってやってきた。キャスの兄Dr.グリズリーは夜勤明けの疲れきった医師たちと訪れてくれた。ヴィト少年の友人で虐めにあっていた清国人の少年も両親を連れてきた。先日の礼も兼ねてのことらしい。ドン・サンティスの縄張りシマの一般人たちもきてくれた。あのパン屋の主人もたくさんのパンを焼いて持ってきてくれた。ニックの従弟で「ニューヨーク・タイムス」の記者ポールも記者仲間を連れてやってきた。

 大勢の人々が異国からやってきた武士さむらいたちとの別れを惜しんでくれたのである。


 野球は、この後に野外でパーティーをする準備に余念のない女性にょしょうたちを除き、子どもから大人まで全員がチームを作って愉しんだ。

 目立ったのは、投手ピッチャーとして見事な速球と制御コントロールをみせた相馬、厳周、原田、沖田の四人。とくに厳周の投げるボールの速さは、「ニューヨーク・タイムス」でプロ野球専属の記者をも仰天させたほどだ。守備と走塁では若い方のヤング「三馬鹿」と藤堂、そして幼子が、兎に角凄すぎだ。飛び跳ね、舞い、捕球する、あるいはベースを奪う。走る速さも尋常な速さではない。記者は絶賛した。打撃では、永倉、斎藤、伊庭、野村が感覚センスのよさを発揮した。バットを軽く振るだけで、ボールはあっというまに空の彼方へと消えてしまう。強肩は島田。捕手キャッチャーとしての技術テクニックはさることながら盗塁は絶対に刺す肩の強さがある。これもまた記者を唸らせた。そして、監督としての采配ではやはりこの双頭がそれぞれのチームを的確に勝利へと導いた。土方とその義兄の厳蕃だ。

 もはや記者は鉛筆ペンシルでなにやら書き込みメモをとりつづけている始末。

 さらに、集まった多くの人々を喜ばせたのが白き巨犬・・だ。守れば跳躍してその大きな口でボールをキャッチするし、攻めればバットを銜えて人間ひとと同じように振ってはかっ飛ばす。

すばらしい犬スーパー・ドッグ」と人間ひとは大喜びした。無論、当犬・・もご満悦だ。

 野球大会ベースボール・ゲームは多くのおとこたちの欲求を満たし、興奮のまま終わった。


『そうか、どうしてもゆくのか・・・。わたしたちもだが、ヴィトが悲しむだろう。お陰で孫はみ違えるように成長してくれた。本国に戻っても立派に組織ファミリーを護り大きくする役に立ってくれるはずだ』

 もう何度目かの説得を試みていた。ドン・サンティスは、自身の手下ファミリーや集まった人々が愉しそうに料理を供しているのを横目に土方にいっていた。帰国したばかりのニックに説得してもらおうとしたが、ニックは笑って「できないですよアイ・キャント」といっただけだった。

 そんなことはドン・サンティスにもわかっている。だが、引き止めずにはいられないのだ。

『ドン・サンティス、どれだけ感謝してもしきれません。この縁はきっとあなた方のゴッドとわれわれのカミ導きゴッズ・ウイルに違いありません。とはいえ、われわれはこの国にはいます。この国をせいぜい堪能したらもしかするとつぎは欧州ヨーロッパにゆくかもしれません。そのまえにはまた戻ってまいりますよ、この紐育ニューヨークに』

 土方がいった。心からの言だ。

『じつは大きいほうの孫たちに残るように頼んだのだがね』ドン・サンティスはイタリア料理や焼き物バーベキューを愉しむ人々を遠いでみながら告白した。

 大きいほうの孫たち、とは若い方のヤング「三馬鹿」のことだ。

『もちろん、よからぬことや物騒なことをさせるつもりなど毛頭ない。きけば三人とも学校に通ったことがない、というのでな。三人とも悧巧だ。学校に通いその後は大学にいければと思ったのだよ。望めば欧州ヨーロッパの大学へ留学してもいい。医師、弁護士、芸術、大学ではさまざまなことを学ぶことができるという。三人とも英語だけでなく伊太利亜イタリア語も流暢だ。わたしに学はないが、子どもや若者らが学ぶことは大切だと思っている』

 ドン・サンティスは組織ファミリーの子弟で望む者がいれば学費を惜しみなく肩代わりしているらしい。

『が、にべもなく断られてしまったよ。無理強いはできないのでな』

 大きな相貌が悲しげに歪んだ。

 土方はその心中からよんだ。

 即座に拒否したのは市村だけで田村と玉置は一瞬躊躇したのだ。この二人は武術はさることながらそれ以外のことでも貪欲に学ぼうとする姿勢が強い。土方はそれを知っていたし感心もしていた。

 彼らにはまだまだ将来さきがある。そして、二人とも才能豊かだしどのような困難があっても乗り越えものにするだけの根性がある。

 それを仲間、というだけで潰してしまってもいいのか?

『ドン・サンティス、気にかけて頂いてありがとうございます。鉄はともかく銀と良三はそのありがたい申しでにまったく興味がないというわかでもなさそうです。おれからも尋ねてみます』

『ああ、ぜひともそうしてくれ。なに、二人の面倒はわたしが責任をもってみるし、けっして後ろ暗いことはさせない。ゴッドでもカミでもなんでも誓うよ』

 ごつい相貌がぱっとあかるくなった。

 孫が一人でも二人でも残ってくれれば、この将来さきも充実するに違いない。

 本当の孫は本国に戻ってしまうのだ。一人だけでも残ってくれれば・・・。

 そして視線をその子どもらに向けたのだった。

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