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お尻ぺんぺん

 ヴィトがかばった清国人の子は、お礼とともに親には内緒にしてくれと懇願した。西で親が一生懸命働いて資金を貯めて東に移り、この地で商売をはじめたばかりだという。ゆえに心配をかけたくないというのだ。そして、虐められても耐え、どうにか勉強をつづけたい、とも。

 土方はその子のけなげな頼みを承諾し、みなで家に送ってやるにとどめた。

 どうにか改善してやろう、と思いつつ。


 あいかわらずドン・サンティスは物騒だ。ヴィトから説明を受けると、驚くよりも前にすでに殺し屋アサシンを呼び寄せていた。

くそったれのファッキン・弁護士の餓鬼ロイヤーズ・キッド、息子はろくでなしと有名だ。おいっおまえたち、弁護士の餓鬼ロイヤーズ・キッドを大切な孫の一人が受けた痛みを味あわせた上で魚の餌にしろ』

 驚いたのは土方だ。『待ってください、ドン・サンティス。父親があなたの弁護士ロイヤーだときいたので筋道を通したかっただけです』

ああホワット弁護士ロイヤーなどいくらでもいる。くびだくびっジャスト・ファイヤー!』

 それからドン・サンティスは幼子をその大きな腹で抱き締めた。ついで若い方のヤング「三馬鹿」も呼び寄せ順番に抱き締めた。 

『大きいほうの孫たちには怪我はなかったのか?』『ええノー・おれたちは大丈夫ウイ・アー・オーケー

 胸、というよりかは腹の上で答えた田村の返答に心底安心したようだ。が、幼子は傷ついている。

わたしのマイ・小さなリトル・グランドサン

 土方だけでなく、伊庭、島田、山崎の四人がかりでドン・サンティスに殺し屋の派遣を思い止まらせるのにたっぷり四半時(30分)はかかってしまったのだった。

 そして、父親たる土方が弁護士に直談判するという了解を得るのにさらに四半時を有したのはいうまでもない。


『なんだこれは?なんの見世物だ?』

 居間に入るなり頓狂な思念が送られた。

「壬生狼お願い、坊を助けてあげて」その太くてふさふさの頸に抱きつき懇願したのは玉置だ。玉置はねだり上手だ。そして、白き巨狼はこうして甘えねだってくる玉置にも・・弱い。

『ほう・・・。これは手厳しい』

 居間の長椅子ソファーでそれはいままさに行われていた。

 おとこたち全員が立ち並びそれをみているのだ。

 幼子の泣きながらの懇願が室内に響き渡っている。

「母上っ、ごめんなさい、ごめんなさい。もう致しませぬ。許してください」

 だがその懇願がききいれられることはない。

 長椅子ソファーに座した信江の膝の上にその息子が腹ばいに乗せられていた。ズボンを太腿あたりまで下げた半尻状態で、その尻に信江が平手打ちを喰らわしているのだ。

わっぱ、すまぬが助けられぬ。母が子に行っている躾だ。育ての親といえども口をだすことはできぬ』白き巨狼の鼻先が抱きつき頸に相貌を埋めている玉置の頭部を突いた。

『それに、あの子には必要だな、あれが。すこしは思い知るといい。父や母、仲間たちのあの子へ対する想い入れを・・・。文字通り身に沁みて感じるべきなのだ。それにしてもこれは面白い』最後の思念に玉置は「えっ?」をふさふさの毛から相貌を上げた。「ぶたれてるのが面白いの?」『違う、そこではない。それ以外のものをみよ。父親を含めたおとこたちの表情かおを』思念のあとにくくくっと含み笑いが伝わってきた。

 いわれるままに玉置は室内を見渡した。

 土方は母子のすぐ横でそれをみ下ろしているし、仲間たちはそれぞれの場所でじっとみているが、どれも同じ表情かおなのだ。

 止めたい。すぐにでも止めて痛いだろう、と抱き締めてやりたい。だが、信江の罰に対しても妥当だと思っている。わからせるためのその手段は、けっして不必要でもやりすぎでもない。むしろ、幼子にはこの程度でもきかぬかもしれぬ。

 感情と理解の板ばさみジレンマだ。程度の差こそあれ、どれも同じ表情かお、そわそわとした動き、それらを白き巨狼は面白いといっているのだ。

 人間ひとはやはり面倒臭い、と思うと同時に、育て子への愛情を深く濃く感じることもできる。

わっぱ、ならば冷やした手拭いタオルでももってきてやってくれ。さすがにあれは生真面目にまともに喰らっているようだ。尻が痛うてしばらくは座ることもできぬだろうからな』

「うん、わかった。でも壬生狼、ちっとも面白くないよ」玉置はもう一度白き巨狼の頸に抱きついてからそっと部屋をでていった。


「馬鹿な子だ」白き巨狼が柳生親子の足許に近づくと、すぐさま父親のほうが呟いた。その息子は幼子の父親とまったく同じように狼狽し、葛藤し、混乱している。

『甥のことがいえるか、子猫ちゃんキティ?ああそうだ、例のお騒がせの件でおぬしも信江にお尻ぺんぺんされればよかったのだ』

「なっ・・・!」厳蕃は絶句した。組んでいた腕組みが解かれ、端正な口許がぽかんと開けられている。

 その姿が容易に想像できたからだ。そして、想像してしまったことじたいが恥ずかしかった。

『くくくっ・・・。まぁあの子にはいい薬だろう。そして、おとこどもにはあらためて信江おなごの厳しさ、それ以上に母としての強さがわかったろう。もっとも、実の兄や甥であってもその手厳しさにかわりはないと思うがの・・・』

 白き巨狼の含み笑いがつづくなか、柳生親子はそれぞれが信江にお尻ぺんぺんされている姿を脳裏に思い描き、相貌を羞恥で真っ赤にしたのだった。

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